「吃音と就職」(1)~(4)までを再掲載します(2010年5月~6月)

今の時期、どもりのために就職できなかった新卒の人にとっては、敗北感や焦りを感じながら、家族からは嫌みを言われたり、いろいろな意味で苦しいと思います。
就職活動中、再就職活動中の人にとっても大変苦しい時期だと思います。
孤独になることがいちばんよくありません。是非、なんでも話せる友人やカウンセラーを「ひとりでよいので」確保してください。そして、自分を守ってください。

吃音と就職(その1)
前回から続きます。(2010年5月21日、「吃音者にとっての思春期後期」から続いています)

学校生活・学生生活も後半になると「就職」を考えるときとなります。
なかには、高校や大学(大学院)、専門学校に入る前や入った直後から計画的に準備している人も多いと思います。
中学・高校時代から目標がはっきりしていて仕事に直結する大学(院)や学部、専門学校を目指す人、
大学や専門学校に入ってからも遊んでいないで、ダブルスクールで語学を磨き各種資格を取り、希望の職種や会社に入るために計画的な生活を送る人もいるでしょう。
公務員を目指して入学直後から通信教育などで計画的に勉強する人もいるでしょう。
アルバイトをするにしても、将来就きたい職業を意識しながら、それに近い職種や会社でアルバイトをする方もいます。(そのまま就職する人もいます。)

今回は、どもりをもっている学生、それもごく軽いどもりではなくて、
たとえば、人と向かい合って直接または電話で、自分の名前が言えないか言えるまでにかなりどもる(繰り返す、はじめの言葉が出ない)ような、ある意味で平均的な「ある程度以上の重さの吃音者」(私としては比較的軽いという範疇です)の就職についてです。

さて、目的がはっきりした上での進学の場合はもちろん、そうでない場合も含めて「どもること」は就職に深刻な影響を与える場合があります。
親の庇護下にある学生時代はとは違い、社会人になるということは金銭的に独立するということです。
生きて行くのに十分な金額を継続的に稼げる仕事に就けてはじめて自分も安心しますし、家族も安心するでしょう。
そういう生活ができるようになって結婚も考えられるようになります。
*このあたりの安心がすっかりなくなってしまったのがいまの日本です。
国民の多くが期待して民主党に投票したのですが、このざま。特に総理の無能さにはあきれてしまいます。
このブログは政治問題を扱うところではありませんので詳しくは書きませんが、おとなしい日本人もそろそろ怒らないと大変なことになります。(もうなってますね。)

中学生くらいから「自分はどもるから」と自分なりに考えて、または、どもる我が子の将来を心配して・・・
できるだけ言葉を使わない(と思われる)エンジニアや、民間企業と比べれば身分も安定していて仕事も楽そうな公務員(地方公務員あたりか)を目指そうと勉強をがんばってきた。(がんばらせてきた)
これは、ある程度は「正解」ですね。

でも、実際に仕事に就いてみると、しゃべることが少ないと思っていたエンジニアでも、そうでないことに気づきます。
社内外の関係者との言葉による(電話、直接)やりとりは思ったよりも頻繁にあります。メールによるやりとりだけでは仕事は進みません。
公務員でもそうでしょう。民間企業の一線で厳しい仕事をしていた人が地方公務員などに転ずれば楽に感じることは多いでしょうが、初めての就職で公務員になっても、その人にとっては初めての職場ですから、職場内外のやりとりや電話などは耐え難いものと感じられ、大きなストレスとともに「こんなはずではなかった」と思うかもしれません。

*、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで就職してみたら、最初こそ大変だったが、笑われながらどもりながらも一生懸命に働いているうちに少しずつ慣れてきて、しばらくすると言葉の流暢性も改善されてどもらない人と肩を並べて業務がこなせるようになる人も少なからずいます。こんなことから、吃音者の会合などで「どもりの克服談を声高に語る人」が出てくるのでしょう。
しかし、私自身も体験していますが、「よくなった」と安心していたところに、ある日突然どもりが復活し結果的にその会社にいられなくなる・・・ということも十分にあり得るのが摩訶不思議な「どもりの世界」です。

それでは、学生が就職するに際してどのような心積もりで望んだらよいのでしょう?
以下の2通りで考えていきます。
1,自分のもともとからの希望・目標を達成するために、どもりのことはあまり考慮せずに苦労覚悟でひたすら進んでみる。
2,自分の言葉の限界を現実的に考えて無理なくつとまる仕事(稼げる金額が少ないか、自分の希望とは全く関係のないような仕事でも)を自分で探すか、誰かに紹介してもらう。

次回に続きます。

吃音と就職(その2)、目標と現実のはざまで・・・
前回から続きます。
学生が就職するに際してどのような心積もりで望んだらよいのでしょう?
以下の2通りで考えていきます。
1、自分のもとからの希望・目標を達成するために、どもりのことはあまり考慮せずに苦労覚悟でひたすら進んでみる。
2、自分の言葉の限界を現実的に考えて無理なくつとまる仕事(稼げる金額が少ないか、自分の希望とは全く関係のないような仕事でも)を自分で探すか、誰かに紹介してもらう。

1、自分のもとからの希望・目標を達成するために、どもりのことはあまり考慮せずに苦労覚悟でひたすら進んでみる。

「どもる」「どもらない」に関わらず、自分が希望する仕事に就けている人は圧倒的に少数派です。
特に超就職難のいまでは、正社員になれればよいと考えている人もいるでしょう。

では、どうして、多くの人は希望の職につけなくても続いているのか・・・
「生活のため・生きていくため」と言ってしまえばそれまでですが、どこかに妥協点を見いだしているのでしょう。
「仕事はつまらないが、給与が多い、安定している」、「給与は少ないが、早く帰れる、職場の人間関係がよい」「仕事も希望と大きく違うし給与も満足していないが仕事が楽」など、どこかにメリットがないと人は働き続けることはできません。

*、一方、ごく少数ですが、自分のやりたいことを仕事にしている人もいます。
TVのニュースで、長期休暇の最終日に空港でのインタビューで、「この旅行のために我慢して働いてきたのに楽しい休暇はあっという間に終わってしまった。明日から仕事と思うと暗くなる・・・」というような言葉を聞きますが、一方、ゴールデンウィークや年末年始に職場にいて仕事をしていても、充実して楽しくてしかたがない人もいるのです。
どもりを持っていても、どもることを考慮せずにあえて、話すことを多用する仕事に就くという目標にチャレンジする人はいます。(希望・目標が、たまたま「話すことがメインの仕事」であったということです。)

たとえば、編集者やジャーナリストを目指す場合で考えてみます。
*、編集者、ジャーナリストといっても、誰でも知っているような大手から、ハローワークでいつも求人しているような社員が数人の小さな会社まであります。
*、この場合でも「どもりの重さの違い」は大きく影響します。日常会話の意思疎通においてはっきりとした支障が出るくらいの重さのどもりを持っている子供が将来の夢として、言葉を多用する仕事を目標とするだろうか?
一概には言えませんが、少ないだろうと思います。

話を戻します。
編集者やジャーナリストになるのが夢で、どもりを抱え悩みながらも勉強は人並み以上にがんばり目標の大学にも合格した。

合格した直後は満足感に浸っていたが、大学生活が始まると早速、自分の「どもり」が再び心の中の大きな部分を占めてきます。
友達に電話もできない、
アルバイトもしてみたいのだが、問い合わせの電話もする勇気がでない・・・・
こんな自分で、編集者やジャーナリストになれるのだろうか?
いままでの、大学に入るために自分のどもりの悩みを封印してがんばってきたツケが一気に吹き出してきます。
*、「大学に入るという目標に自分を追い込むこと」で、どもりの悩みから逃げることができていたということも言えます。

大学生活が始まり、入試という目標もなくなり、現実の自分と向き合う日々。
友達は学生生活を謳歌している(ように見える)
クラスメイトはアルバイトにも気軽に応募して、短期のバイト長期のバイト、塾講師、ファストフード店などいろいろな種類のバイトを器用にこなしている(ように見える)
授業は大教室での受け身のものもあるが、小教室での語学や専門科目のゼミでは意見をはっきりと言うことが求められることは言うまでもありません。
*かつて、どもりの知り合いのなかで、せっかく大学に入ったのにある日突然退学してしまう例にもいくつか接しました。

語学の資格をとる必要もあるだろう。そのためにダブルスクールで専門学校にも通いたいと心の中では思っていても、しゃべることが苦手な自分としてはどうしても足が向かないし、受講料を稼ぐためのアルバイトの応募の電話ができない。・・・・

一歩でも前に進みたいがなかなか足が出ない日々・・・少し引きこもりがちになってきた。

次回に続きます。

吃音と就職(その3)
さて、
引きこもりがちになってきた「どもりを持つ学生」は、自分なりに考えます。「どもり」だからいけないんだ!、どもりを治そう!

子供の頃から常に頭の中にあった「治したい」という欲求、
誰にも言えず、心の中に無理矢理閉じ込めていたものが、火山が噴火するように一気に吹き出してきます。
インターネットが広く普及している今では、まず、ネットで調べます。
見てみると、セルフヘルプグループの地味なホームページよりも、民間矯正所のホームページに目がいくはずです。
*、10年前、20年前ではなくて、「いま」という視点で書くと、民間矯正所に足を向ける前に「セルフヘルプグループ」に行ったほうが、お金もかかりませんし明らかに得るものも多いと思いますが、相変わらず民間の方に行ってしまうのですね・・・

インターネットが一般化する前の90年代前半までは、昭和の時代からというよりも戦前から連綿と続いてきた、
電信柱に貼られた矯正所の怪しい広告や、マンガや週刊誌などに小さく載っている矯正所の広告を見つめつつ、
「怪しい」と思いながらも、次第に「ここしかない」と思い詰めたものですが、
いまでは、パソコンや携帯のディスプレイに表示される民間無資格どもり矯正所の、「治る」、「改善する」というキャッチコピーをみて、「行ってみよう」と行動に移すまでの敷居はかなり低くなっていると思います。
*、いまでも、大都市に多いどもり矯正所に通うために、地方からお金をかけて来る人もいるのでしょう。

小学生のころから学生になったいまに至るまで、自分のどもりの悩みを遠慮なく話せる相手がいなかっただけに、矯正所の「先生」の言葉は心にしみるかもしれません。
純情な人ならば、涙を流しながら「これで、悩みから解放される」と思うかもしれません。

大金を払い通い始めてみると、ちょっと「軽くなってきた」ような気がします。
このまま、先生の言うように通い続ければ、子供の頃からの夢「どもりが治る」が実現するのではないか?

ここからは2パターンに分かれます。

「まわりの人から見るとほとんどわからないような軽いどもり(といっても電話をかける時や授業中は結構どもる)で、客観的な症状以上に深刻に悩んでしまうメンタルなどもり」の場合は、
民間矯正所の内容にかかわらず、どもりで悩んでいる仲間に出会えて悩みを打ち明けられるようになるというだけで、
結果的に、「かなり軽くなった」と思える場合があります。
これはとても良いことですね。
これを機に立ち直り、進学や就職ができたようなケースに多く接しています。
*、最近の矯正所では、大勢がひとつの教室に集まるような方法でなくて、1対1のカウンセリングのような方式がありますね。それでは仲間と出会うことができません。

しかし、一方、(第三者から見てはっきりわかるような)それなりの重さのどもりを抱えて矯正所に通い出した場合。
最初こそ、少し軽くなったような気はします。
それは「安心感」からですが、しばらく通い続けると、実はほとんど変わっていないことに気づきます。
その後もしばらくは通い続けますが、人の輪に入るのが苦手で教室の中でも孤独になりがちの方の場合には、徐々に足が向かなくなってきます。
症状の変化や矯正所の内容に関係なく、悩みを打ち明けられる「仲間に会いに来る」ということだけでも通い続ける方もいます。それは孤独でいるよりも遙かに良いことです。このことがセルフヘルプグループの起源になっていますね。

しかし、どもりの重さ=希望する職に就けないこと、ではありません。
それなりに重いどもりを持ちながらも民間企業の営業職などでがんばっておられる方も結構いらっしゃいます。
(それができない人、がんばれない人はダメなどとは考えないでください。生き方の違い、考え方の違い、と考えれば良いと思います。)

さて、いままでは、
1、自分のもとからの希望・目標を達成するために、どもりのことはあまり考慮せずに苦労覚悟でひたすら進んでみる。
ということについて書いてきました。

それではどうすればよいのでしょう?
こういう選択をする人はある程度の覚悟をもって生きているでしょうし、それなりの行動力もあるはずです。
ただ、一生懸命に努力しても目標が果たせなかった場合の「敗北感」が、自分のこころの許容範囲ならば良いのですが、それを超えてしまうと無理をしてきた分一気に参ってしまうことがあるかもしれません。

計画的に無理をしましょう。
○、愚痴をこぼせる友人が必要です。
○、気軽に相談に行けるホームドクター的な精神科医、臨床心理士を作りましょう。
○、できれば親しく接してもらえる吃音に学識と臨床経験の深い言語聴覚士(これはかなり難しいでしょう)
○、必要に応じて「セルフヘルプグループ」に参加して、友人を作ったり、情報を得ましょう。
○、気の合うグループで工夫して「言語訓練」などを行ない、どもりの軽減にチャレンジするのも否定されることではありません。
○、家族に自分がどもりで困っていることをわかってもらうように努力し、応援してもらいます。(これもかなり難しいです)

上に書いたことは、努力しても目標を達成できない場合の、生き方の方向転換をする際の力強いサポート、になると思います。
*、このような「目標を立てて努力してそれを達成して・・・・」という生き方自体に無理があるので変えた方がよい、という考え方もあります。参考のために書きました。

吃音と就職(その4)
2、自分の言葉の限界を現実的に考えて無理なくつとまる仕事(稼げる金額が少ないか、自分の希望とは全く関係のないような仕事でも)を自分で探すか、誰かに紹介してもらう。

今回は、自分のどもりの状況(重さ、症状など)を考えながら、無理をせず堅実に将来設計をする場合です。

○、オフィスワークをするにしても、民間企業ではなくて公務員、それも地方公務員(市役所、町役場)を目指す。
○、公務員になれなくても簿記や会計を学び、できるだけ専門性を身につけた上で民間企業に就職する。
○、親族などの知り合いが経営する会社にコネで就職する。
○、どもりが重く事務職などのオフィスワークをこなすのに無理があるならば、子供の頃から言葉を使うことが主なことではない職人や農林漁業などへの就業を考えながら高校、大学、専門学校などに進学する。

日本においては希有な例ですが、子供の頃から気軽に相談できる言葉や心の専門家(精神科医、臨床心理士、言語聴覚士)がいた場合、また、家族にどもりについて深い理解と共感がある場合には、計画的に将来就く仕事を決められます。

たとえば、子供のどもりの重さによっては、「言葉使うことが主な内容にならないような仕事や職種(職人、農林漁業)」を目指したり、「比較的ゆったりとした気分で生きていける地方都市や山間部に住む」方法などです。
それが実現できるように、子供の頃から計画的に勉強したり資格を取って準備をすることもできます。
*、都会と比べたら仕事上のストレスが少ないと思われる自然があふれる「地方」に住み、ゆったりとした気分で生きていけるように町役場に就職することなどは、(実現させるのは大変ですが)良い方法でしょう。

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