子供の頃からの吃音で(素直に)悩むこころを大切にする(再掲載:2011年9月)

☆、大人がコントロールをしないことです。
どもりで悩んでいるのは子供本人です。
身近にいて寄り添うようにバックアップできるのならばともかく、定期的に接することができないような状況では、どもりとは○○である、とか、どもりを○○のように考えない方がよい、などというようなことばは軽々しく発しない方がよいでしょう。素直な子供の心を混乱させます。
むしろ、子供の発することばをひたすら傾聴し、本当に困っていることがらを一緒に考えたり解決のための手伝いをする、というスタンスが良いと思います。

☆、大人は、具体的、継続的なバックアップ体制も作らずに理想を語らないことです。
世の中の現実は実に厳しいですね。(障害を持っていない人が)学校を出ても正社員になれない時代。
そんな時代に、どもっていても何にでもチャレンジしよう、などとは言わない方が良いでしょう。
もちろん、どもりの重さ・症状の違い、家庭環境(経済的環境、精神的環境)の違いが大きいですが、ある程度以上の重さのどもりを持っていると、できることとできないことがあります。
その現実を考えないで、○○できるはずだ、チャレンジしよう、というのはちょっと危険です。善意からのアドバイスだとしても結果的に素直な心を持つ子供の心を追い詰めて苦しめることになりかねません。
リスクを承知であえてチャレンジするかどうかは、本人が自分で判断できるくらいの年齢になったときに自分で考えれば良いことです。

☆、子供の置かれている「いま」という現実を考えての対策を
世の中は激変しています。
私の頃はこうだったから,いまもこうすれば良いはずだ、は、だめです。
サポートする側は、いまの状況を冷静に見つめて対応する必要があります。

☆、評価するのはクライアント側という常識
どもりを持つ子供をサポートしているときには、サポートしている側が子供のどもりを評価しないことです。
(医学的に原因が分かっていて、治療法「手術、投薬」が確立していれば話は別です。)

「どう、良くなった?」と聞けば、多くの子供は
「良くなりました。」「少し良くなった気がします」などと言うでしょう。大人にはなかなか反論できないのです。
*、民間のどもり矯正所でもよくあるパターンです。

直接的に聞けないようでしたら間接的にでも子供の生の声を聞く努力をしましょう。
「ここに何回も通っているけど全然良くなってないよ」、「先生の言ってること、私の考えと全然違う、私のこと分かってないけど仕方ないから黙ってるの」という情報が聴ける環境を作りましょう。
顧客の声を聞いて顧客の望む方向を目指す顧客志向、は民間では当たり前ですが、公務員や先生は未だに「うえから目線」から抜け出せない傾向があります。

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