吃音で「○○できなかった」時間(時期)を無駄と考えるか、自分には必要な時期だったと考える(考えられる)か?、年度末に考える(再掲載一部改編:2010年3月)

2年前の今頃の時期の書き込みですが再掲載します。
****************************

私自身が経験者なのですが、どもりを原因として人生の中に普通の人と違う空白の時間(時期)が存在することについて考えてみます。
今回は、ある程度以上の重いどもりの方の人生に起きることが多く(または、客観的な症状は軽いが心理的に重いどもりの場合も)、どもりがその人の人生を変えてしまうような内容です。
現実にはいくらでもある話ですが、家族の恥として隠してしまうことが多く一般の人にはあまり知られていないでしょう。

例えば、学校を出てからもしばらくの間、どもりのために就職できなかった(しなかった)、どもりを原因として引きこもっていて不登校になっていた、など、どもりを原因として空白の時期がある方は結構いらっしゃいます。
やはり、どもりが重い(症状そのもの、心理的などもり)ほど、そのような経験を持っておられる方が多いようで、内容も深刻です。

例えば「学校を出てから就職できなかった」ということ。
私がその例なのですが、いまになって考えると「できなかった」のではなくて、「しなかった」という方が正しいですね。
どもりでも働ける職場はたくさんあるでしょう。
でも、「自分はどもりだから、本来できるはずの○○の仕事に就けないんだ」と考えてしまうのですね。

要するに自分がどもりであるということが受け入れられていない、「そのうちに治るはずだ・・・」という前提で子供の頃より考えてきたことを簡単には変えられない。

これがもしも、終戦直後だったらどうでしょうか?
私は60年代生まれなので戦争は知らず終戦後の混乱も知りませんが、当時に私と同じくらいの吃音者がいたとしても、世の中が大混乱、都市はみな焼け野原で闇市が街中にたちという状況だったら・・・
とにかく毎日を食べていくために「何でも良いからとりあえず働くしかない」ということで、状況がかなり違ってきていると思います。
*、でも、いまの日本は終戦直後ではありません。成熟した自由経済の先進国ですね。しかし経済的・政治的に大きな問題を抱えていて、大卒の新卒者でもなかなか正社員になれないのが現状です。

重さについて考えてみても
「もう少し軽かったら」・・・、つまり、就職活動をするときに「電話をかける、名前をいう」というような、できることがあたりまえの事柄を、多少の問題はあっても破綻することなくできるくらいの重さのどもりだったら、就職してからもセルフヘルプグループに出席して、後輩に教訓をたれたりお節介なアドバイスをする人になっていたかもしれません。(笑)

逆に「もっと重かったら」私はどうなっていたでしょうか? 正直言って「生きていられたか」自信がありません。死ぬことばかり考えていましたから。

重さや症状の問題ではなくて、「育った家庭の経済状態」や「親がどこまで子供のどもりに理解があるか」によっても、吃音が人生に及ぼす影響は大きく変わってくると思われます。

「どもることで失った時間」を、少したってから「自分なりに価値のあるものと考えられるようになるか」、「そこまでいかなくても、まあいいや、しょうがなかったな」とあきらめられるか?
それとも、いつまでも、「もしもどもりでなかったら」などというどもりの悩みだけに支配されていて、結果的に不毛な人生を過ごしてしまうか?

いずれにせよ、「自分の心が弱かったからいまの自分がこうなんだ」とか、「親が言っているように、努力不足だからこうなったんだ」などと必要以上に自分を責めないことです。
もしも、どうしてもそういう考えが頭に浮かんでしまうのならば、「いまから少しずつ変えていけば良い。できることから生きていけばよい」というスタンスで進めていきましょう。
自分を責めてみても、ただ、焦ってしまい、余計に何もできないようになってしまいます

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中