吃音者の気持ちを理解することの難しさ(再掲載一部改編:2009年8月)

どもりて悩んでいる人の気持ちを第三者が理解することは至難の業です。

どもりでない人はもちろんのこと、吃音者でも症状や重さの違い、育つ課程での家の経済的・精神的環境の違いによっては、どもりに対する考え方が大きく異なることがありますので、お互いをうまく理解できないことはよくあることです。

仮に同じくらいの症状や重さのどもりを持っているAさんとBさんがいるとします。

Aさんは比較的裕福な家庭に育ち、大学へと進学ができて卒業後もしばらくは就職せずに、専門学校や大学院に通うなどの「モラトリアム」が与えられています。

一方、Bさんは、高卒後にすぐに就職しなければならない家庭の経済環境で、いわゆるコネで就職しました。
Bさん家はBさんの収入で家計を支えているために、どもりでどんなに苦しくて会社に行くことがつらくても、やめることもできずに、心の中では常に「苦しい、死にたい」と思いつつ毎日を過ごしています。

こんなふたりのどもりについての考え方は同じであるはずがありません。
仮にBさんがその苦しさに耐えながらもなんとか人生の荒波をくぐりぬけてきたとすると、自分に自信が付いてくると同時に、
「もしかしたら」他の吃音者に対しては自分の苦労話を例に出して「きびしい環境下でも、我慢して生き抜くことがよい結果につながる」と(善意での)厳しいアドバイスをするかもしれません。
しかし、これは、以前も書いたことのある「素人の限界」です。

本来は、言語障害の領域や心理学領域、カウンセリングなどの関係学問領域をしっかりと学んだうえで豊富な臨床経験のある有資格者が(日本では国家資格の言語聴覚士、ほかには精神科医、臨床心理士など)、吃音者(OB)からの意見も参考にしつつ、しっかりとカウンセリングや相談、場合によっては言語訓練を行うべきなのです。
*ひとりの吃音者に専門家ひとりきりで担当するのではなくて、定期的に複数の専門家やスーパーバイザーにより症例検討会を行ないよりよいものにしていく・・・などというのは本来はあたりまえのことなのですが、日本では「夢のまた夢」です。悲しいことです。

このようなきちんとしたシステムができないと、場合によっては、誰かから受けたアドバイスでかえって深く傷ついてしまう吃音者も出てきます。
*例えば、どもりのセルフヘルプグループ内の人間関係でかえって深く傷ついてしまう方がいらっしゃいます。セルフヘルプグループは責任体制が確立していない緩やかな集まりです。サロン的な良い面がありますが、反面、誰かが執拗に自分の経験のみを基にした「アドバイス」をしても、それをやめさせるような役目を持ったリーダーがいて、という体制になっていないことが多いようです。

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