吃音者にとっての思春期後期(再掲載一部改編:2010年5月)

秋葉原の萬世橋からお茶の水方面を望む

秋葉原の萬世橋からお茶の水方面を望む

思春期後期、ここでは高校から大学時代前半くらいとして考えます。

どもりを持ったまま高校生に。
楽しい高校生活かもしれませんが、大学進学や就職がだんだん近づいてくるということを実感する頃です。
高校もいろいろですが、進学校に入れば入った直後から熾烈な競争のなかに放り込まれますし、学級崩壊(学校崩壊)しているようなところに入っても別の苦労がありますね。

私の記憶のなかにあるのは、高校合格が決まり3月中に行われたオリエンテーション時に、名前の申告でどもってしまったこと。
いま(40歳代後半)でも覚えているということは余程のトラウマになっているのだと思います。
そのときには、「これじゃあ高校生活も大変だな・・・」と言う暗澹たる気持ちになりました。
相変わらず授業中の恐怖は続きます。特に古典や漢文のテキストを読まされるときは如何ともしがたいです。「源氏物語」をどもりまくって読んでみても・・・ネ。

思春期後期を迎えた吃音者にアドバイスするとすれば、
1,授業中、いつ指名されてテキストを読まされるかと震えているのでは肝心な勉強に身が入りません。
思い切って先生に言って教科書を読む時に指名しないようにしてもらうのもひとつの方法ですが、自分の心は微妙ですね。
そのあたりも考えながらの対策となります。

2010年という時点での考えですが、そして、家庭に理解があり経済的にもクリアーされればですが、
いまの学校生活がどもることにより耐え難いものならば、思い切ってやめて、大検のコースに進む方法もあります。それはそれで大変かもしれませんが、精神的に救われるのならばそういうコースを選択することも考えてよいと思います。心の病気になってしまうと回復に時間がかかります。
*私がこの生き方をとっていれば全く違った人生になっていたと確信しています。必要以上の我慢は人生の無駄です。

2,「少しでも言葉の流暢性を向上させたい。」
毎日の学校生活で言葉の問題に直面せざるを得ない人の正直な気持ちでしょう。(もちろん、そう思わない方もいると思います。)
しかし、そういう思いに対応する、公的・専門的な立場からの組織的なサポートはありません。

そこで考えられるのが、自分たちでサークル的なものを立ち上げることです。
仲間どうして専門書を読みあっても良いでしょうし、
国内外の心や言葉の専門家を訪ねてみるのも良いでしょう。
仲間内で工夫して心理的なサポートシステムを作っても良いし、
いろいろと工夫しながら言語訓練をやってみるのも良いですね。私の場合はグループでサイコドラマを行いました。公民館の部屋を借りて授業中やオフィスを再現し、どもる場面を再現しながら皆で対処方法を考えていきます。

この活動の特徴は、客観的にみた症状は変わらなくても、なぜか、「自分はだいぶ軽くなったと」言い、アクティブに活動できるように元気になるのです。
自分たちだけでグループを作るのが難しかったら、既存のセルプヘルプグループ主催で開かれる若い人向けの集まりなどに積極的に参加して、徐々に友達を増やしていけば無理なく作れますね。

3,心やことばのホームドクターを持ちましょう。
20世紀には考えられませんでしたが、2010年のいま、特に都市部では近年のうつ病の大流行もあり精神科や神経科は敷居がかなり低くなりました。
こころを診てくれる専門家である精神科医や神経科医。彼らのスタッフであることの多い臨床心理士。
じぶんのことをよくわかってくれている先生を確保しておいて、定期的に診てもらいましょう。
彼らは、どもりに対する専門知識はほとんどないと思いますので、こちらから吃音者の気持ちを丁寧に説明してあげることです。
日記を書いてそれを見せてあげれば、説明下手な吃音者にはよいと思います。精神科医の立場でいろいろと考えてくれますよ。

病院を選ぶ時の注意事項は、先生が一人しかいないところよりも複数いる中規模の病院が良いと思います。
精神科医は特に相性が重要ですから、合わない場合は変更できるところが良いですね。
精神科医と臨床心理士がチームを組んでいて、最初は精神科医に診てもらい、その後は臨床心理士の時間をかけたカウンセリングを受けられるような病院もあります。
大学病院などの大病院は常に込んでいて短時間の診療になりがちです。
とにかく、できるだけ多くの情報を得て自分にあった先生や病院を見つけてください。

4,現実を見つめながら将来を考えること
近い将来のある日突然にどもりがすっかり治るということは、この時期までどもり続けてきたわけですから考えにくいです。
いまどもっている自分を、とりあえずでも自分の心の中で認めてあげて将来設計をしていくと無理がありません。
徐々に「自分にとってのよい方向」に向かえばよい。まだ若いのだから何回もやり直しがきく。
これくらいのこころの柔軟性をもって、いまできることを着実にこなしていくのがよいと思います。
その際に必要なのは、何でも話せる親友がひとりで良いからいることです。たぶん生涯を通しての友人となるでしょう

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