「人生を楽しく生きる」という観点で吃音を考えると(再掲載一部改編:2008年5月)

東大寺大仏 夏

東大寺大仏 夏

「人生を楽しく生きる」・・・・あたりまえのように語られることばですが、「私は今楽しく生きている」と言える方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

人によっては「人生は厳しいもの」と、かなりハードな人生を自ら生きている方もいらっしゃるでしょうが、今回の「楽しく」という言葉は、仕事や生活の忙しさを言っているのではなくて「充実度」のことを言っています。

世の中には、月曜日から金曜日(土曜日)まで、ひたすら週末や長期休暇のために「がまんして」働いているような方が多い反面、仕事に打ち込んでいる自分自身が充実していて、週末や年末・夏休み期間中に働いていてもイヤではないどころか、楽しくて仕方がないという方もいらっしゃるのです。

どちらが幸せか? なんて、それこそ個人の自由ですが・・・・・・
月曜日から金曜日(土曜日)まで、ひたすら、がまんして働いている方が幸せとは、(たとえ、すてきな車を持っていても、年に何回も海外旅行に行けても、)、私には思えません。

もっとも、「やりがいのない仕事を休みもなしに懸命に生きるために働いている。そして、給料も安く、さらに、正社員でない」・・・・という例もいくらでもあるのが現状ですね。

さて、どもりを持っている人は(私もそうですが)、幸せなのでしょうか?
これこそ、余計なことかもしれませんが・・・・・・・・・
「どもりで良かった」などという意見があるようですが、私としては「ほんとかよ!」と思います。
私の記憶を呼び起こしても、子供の頃から、友達に電話するときも電話口で友達の家族に笑われたり、学級委員に間違って選ばれちゃって学級会の司会の時にどれほど恥ずかしい思いをしたか、など・・・・・小学生の頃からの記憶に「どもり」がもれなくついてくるような人生です。

大学卒後も就職ができずに、何かがぷっつりと切れてしまったように約1年半引きこもった私ですが、その期間中は敗北感だけが心を支配している感じでした。死を身近に考えていました。
その後なんとか立ち直り職安で仕事を探し営業マンとして働き始めた私ですが、営業マンといういちばんしゃべらなければいけない職種で働き始めた背景には、前向きな発想というよりも、「とにかく働かないといけない。それも毎日職場に行き電話を取ったり人と交渉するような仕事をしないと人並みではない」というふうに追い詰められての決断でした、劣等感からの脱出をしようとしていたのかもしれません。
*、どもりの重さの違いにより、このあたりの事情は大きく異なってくると思います。

小学生の頃か、中・高校生の頃でも良いかもしれません、
ただ、どもりを治すという目的ではなくて、どもりを持った子供をいろいろな面からサポートしてくれる経験豊富なカウンセラーが、学校か学校が終わった後に自分で通える範囲にいてくれたら・・と思います。
ただし、先生や先生OBが担当するのではなくて、心理学をきちんと学び、カウンセリングの実習も受けている経験豊富な方で、子供の側に立って学校側にもきちんと意見の言える方が必要です。
*、ということは、学校や教育委員会がカウンセラーを採用するのではなくて、知事や市長が直接採用し独立して活動できて、学校側にアドバイスや勧告ができる権限を持たせる必要があります。
(そのカウンセラーが自分では対応できないと判断した場合には、言語聴覚士や臨床心理士などの専門家を紹介してくれるような柔軟性がある方・・・、場合によってはセルフヘルプグループに連絡をして、どもりを持ちながらそれなりに生きておられる先輩を呼んできてくれるくらいの器をもった方ならば理想的です)

こうすれば言葉が出やすい・・・というようなアドバイスも必要かもしれませんが、
その子が家庭内や学校で、どもることによりどのように「マイナス感」を感じ、毎日を生きずらいのか、ということを拾い出してくれて、それぞれの子供なりに生きやすくなるようにサポートしてくれるような体制が必要です。

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