吃音で困っている人の現実を知ること

いつも書いていますが、未だにどもりの原因はわかっていません。
21世紀初頭の人類の科学レベルでは脳科学などといっても幼稚なもので、脳の手術や投薬によって鬱病などの精神病が治癒したり、ましてやどもりが治るなど夢物語です。
*鬱病も薬で治る時代になりましたなどという宣伝も見かけますが、(一部の軽いものを除いては)現実は全く違います。社会的な背景がある心の病気なので、鬱病を経験し仕事を休職した方や退職した方。身近に鬱病の患者がいる方ならばおわかりのことと思います。

いま、学齢期以前に自然治癒せずに思春期以降にどもりを持ち越して、日常生活や学校生活、仕事に明らかな支障があるような重さや症状のかたで、その後、少しでも「どもりが良くなった」という方々は、(自分も含めてですが)、まさに自己責任の対症療法の結果です。
それも自己責任の我流や、昔から民間の無資格矯正所で流布されてきたような民間療法を自分なりにアレンジして、さらには実生活で多くの苦労を積みながら、結果的に軽くなったという方々です。
つまり、医学的にどのような理由で軽くなったかということがわからないので、いつまでたってもそれらは亜流としか存在できず、
かといって、専門家といわれている人の知識や実力が、身をもって体験している吃音者の知識を凌駕できないために、知識欲旺盛な吃音者から見透かされる場合すらあります。

専門家といわれる人が(特に思春期以降のどもりは)治せないというか、扱えない(扱わない)現実、
どもりは個人ごとに症状もそのバックボーンも大きく違うという現実、
吃音者もそれぞれ求めるものが違う、という現実を考えるときに専門家を含む第三者ができることはすべきことは、

まずは、いまをできるだけ生きやすくなるお手伝いをすることです。
学校や職場で、どもりを原因として陰湿ないじめを同級生や先生、同僚、上司から受けていないか、
吃音を持った子供が家庭内で家族からネグレクトや言葉によるいじめを受けていないか、
学校を出てもどもりのために就職できず引きこもっているか、正社員になれない、

そのような対処のうえに吃音者からの要請に応じて、場合よって、少しでもなめらかに言葉が出てくるような言語訓練を個人ごとに工夫しながらおこなうこと、
かなり重いどもりの場合は、流ちょう性を求めるのではなくて、まずは環境を整えて少しでも生きやすくして安心感を持ってもらえるようにすること、

まわりにいる人は、中途半端に哲学や理屈を吃音者に語らないで胸に秘めて、現実問題を解決するためのお手伝いをすることに徹する必要があるでしょう。

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