吃音:自分なりの回答を出すことと、21世紀のいますべきこと(再掲載、改編:2010年9月25日)

吃音者が3人いればどもり方も三様で、それらの人を取り巻く環境もそれぞれです。

日本には、どもりを持った子供から大人までが学校や会社の帰りに、また、休日に、安心して定期的に通える吃音に精通した専門家がいる病院などの公的私的施設や街なかで開業しているスピーチセラピストなどには事実上出会えません。(「自分の住んでいるところにはいない」と言ってよいくらいの少なさです。)

ですから、未だに、明治期(もっと前?)からある民間の無資格どもり矯正所が、かたちを変えながらも存在し、怪しいとは思いながらも大金をはたいても通わざるを得ないところまで追い詰められてしまう人が多いという、20世紀(いや19世紀)的な状況が続いているのです。

さらに、どもりを持った子供のいる家庭の雰囲気や親のこどもに対する対応も影響しているのでしょうが、自分のどもりやどもりにより悩んでいることを親兄弟に隠す傾向が大きいので、日本にも相当数(数十万~百万人?)いるはずのどもりで悩んでいる人が顕在化しません。

したがってどもりが社会的な問題として認知されずに、いつまでたっても、
「この子は落ち着きがないからどもるんだ」、
「ゆっくりしゃべらないからどもるんだ」、
「こころが弱いからどもるんだ、こころを強くすれば治る」
くらいの話ししか出てこないのです。

どもりを持つ人を取り巻く状況がこんなに貧弱では、残念ながら、自分を守るために、素人ながら自分だけで動く部分が多くなります。(本当に悩みが深刻になる思春期以降になると、不完全ながらもあった学校のことばの教室もなくなり公的なサポートがなくなります。)
*、自分からアクティブに動くことでどもりと正面から向き合う場面が多くなります。これは苦しいことではありますが決して悪いことばかりではありません。

インターネットでの情報収集をしたり、図書館に行って調べる、さらには言語障害の専門家と言われる大学教授などを訪ね歩いたり、と、国内外からできるだけ多くの正確な情報を集めて、自分なりに分析し、「ここまでやったぞ」というところまで動いておけば、いままでこのブログで何回も書いてきたように、「よい意味での諦めの気持ち」や「自分なりに生きていく覚悟」ができてくるかもしれません。(そして、それが結果としてですが、吃音症状の軽減にもつながってくることもあるでしょう。)

また、気の合う吃音仲間(?)で小さなセルフヘルプグループを作るのもよいでしょう。
かつて(90年代初めくらいまで)あった民間どもり矯正所の良い点、たとえば、同じ悩みを持った人がひとつの部屋に集うので仲間ができる。その仲間で悩みを打ち明け合ったり、いろいろとトライできる。を参考にして活動していけば、それなりの成果が期待できます。

以上、自分でも工夫すればできることを書いてきましたが、これらはやはり20世紀的な対策でしかありません。
21世紀のいま、このような状態では良いはずはないので、少しずつでもよい方向に変えていく必要があります。

○、いまの時点で学問的にわかっていることの最先端の状況や、病院や研究所学校などで、どもりを持つ子供や大人に対して充実した対応ができているケースについて、わかりやすくまとめてウェブページで公開し誰でも閲覧できるようにすること。
○、それらの情報を、吃音者本人はもとより、言語聴覚士や臨床心理士、精神科医、ことばの教室の先生、小・中・高校の担任の先生、どもりの子供を持つ親、などの、吃音者や家族を援助する人達に積極的に提供することです。
つまり、吃音者の対応に地域差や担当者の違いによる差がでないようにしていきます。
このあたりからならばできるはずです。

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