(比較的軽い)吃音者が本来希望する仕事に就くために、ことばの流暢性を高める工夫をすることと、努力しても希望通りにいかないときに諦めて別の生き方見つけること(プラクティカルな見地から) その3

 今回は、
「相変わらず原因もわからず、確実な治療法やリハビリテーション法も分かっていない今できることは、できるだけ管理された(心理的、経済的なバックアップがある)環境で自分で工夫しながら無理をすることかもしれない」というテーマで書きます。

 これを書く背景には、
 私が認識できる昭和40年代後半くらいから「いま」に至るまでの半世紀くらいの長い間、悩んでいる吃音者(児)が日常的に相談する公的な機関が事実上ないという状態が続いています。子供から大人までのどもりについての学識と臨床経験を有する言語聴覚士と臨床心理士、その背後にはスーパーバイザーとしての精神科医や言語障害の専門家などを有するチームがいて、全国どこにいても同じような治療や相談が受けられるというユニバーサルサービスがあるのならばそれなりの効果も望めるでしょうが、いつまでたっても「机上の空論です」
 そんな状況が続いていることが、吃音者が自助するしかないというセルフヘルプグループができる要因のひとつとなったり、いつまでも、民間の無資格どもり矯正所がなくならない原因なのです。

 無理をしないで今のままで淡々と生きるという生き方・考え方もありますが、コミュニケーションの手段であることばにそれなりの障害を持つことが、日常生活、学業、仕事に与える影響、吃音者自身に与えるフラストレーションには計り知れないものがあります。
 どもりながら生きることが「無理をしない生き方」かというと私には??です。
(しかし、ここでも、どもりの重さの違いの問題が決定的に関わってきます。苦手なことばを言い換えれば対応できるくらいの軽いどもりの場合と、日常生活や仕事などに明らかに大きな影響が出るどもりの場合は、考え方が全く違ってきて当たり前です。)

「管理された環境で無理」をしてどうするのか?
ズバリ、生きていくために(大人の場合は自分で稼いで生きていくために)、自分が生きている環境(生きていきたい環境)に最大限適応することです。

 自分にはやりたいことがある、就きたい仕事がある。
 小さな頃からどもりに苦しみながらも目指すものがあり、学業をがんばりそれなりの成績を上げ目標に進んで行く。どもることがその将来の目標にどれくらい悪影響を及ぼすかは棚上げして進んで行く。
子供の頃~思春期後期くらいまでの身体も心も若い頃には、いろいろな面での無理がきく時期でもありますから、がんばりもきくかもしれません。
(どもっているという現実を棚上げして、どもらない(治った)将来に照準を合わせて人生設計をすることの危険性は「自己不一致」ということで何回も書いていますが、そのリスクを抱えながらということになり、そうならないようにするためにも、管理された(バックアップのある)環境が必要です。)

 さて、
 吃音者にとっての人生の一大事「就職」
 就職は吃音者でなくても一大事ですが、どもり持ちにとっては、実はそのまえに学生は当たり前のようにする「アルバイト」という難関があります。
 アルバイトの応募の電話ですね。
 家庭教師をするにしても、接客業をするにしても、求人誌を見て問い合わせの電話をする場合、ネットで応募をしていざ会社に行ってみたら受付に電話機が置いてあって自分の名前を言って担当者を呼ばなければならない場合など・・・関門だらけです。

 電話や人前で自分の名前が言えない。なかなか出てこない。
 受話器を持ってもひと言も出てこない、やっと出てきてもどもりながらではまず採用されないでしょう。(ことばを使わない現場系のバイトなら別ですね。)
 私は、学生時代初めてのバイトの応募に行くときは応募先にアポなし訪問したものです。「近くに用事がありましたので失礼を承知で直接来ました・・・」と
もちろんしゃべることがメインでない現場での作業の仕事への応募でした。

 こんな時のために自分だけではなくて、失敗したときにへこんだ心を聞いてくれる精神科医や臨床心理士がいる環境を自分で作ることです。
 そして、その先生方は大概どもりについての知識はほとんどありませんから、こちらから教えてあげることです。少しずつ吃音のプロになってもらうべくこちらで先生を育てるのです。

 家庭内でも、自分がどもりで悩んでいることをアピールしましょう。
電話ができないことを見せてあげましょう。
 家族の前でおおどもりをしながら電話をしていれば、どんなに鈍感な家族でも何かを感じるでしょうし、それでもだめならば泣きわめいても良いし、「もう死んでしまいたい」とうつむきながら家を出て、しばらく近所を散歩してから家に帰るくらいの芝居は必要ですね。

 電話が苦手ならば、どもりながらの電話練習をさせてくれる友人を複数確保することです。
最初は友人の携帯にかけるのも良いのですが、やはり家族が出るかもしてない家の電話にかけるのが練習になります。
友人の家族にはあらかじめ事情を説明し協力を求めます。そういう友人関係を作る努力も必要となってきますね。

 管理された環境で徐々に無理をしていくということを今回は書きました。

 

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