(比較的軽い)吃音者が本来希望する仕事に就くために、ことばの流暢性を高める工夫をすることと、努力しても希望通りにいかないときに諦めて別の生き方見つけること その1 (プラクティカルな見地から) (再掲載加筆:2010年5月)

 今回は、比較的軽い吃音者を想定して書いています。
そもそも「比較的軽い吃音」とはどういうことか。そのような定義など存在しませんが、ここでは仮に、
○、日常会話において、基本的な意思疎通に大きな障害が生ずるまでには至らない。
○、症状に波があり、日常会話で支障がないくらいまで軽くなることも定期的にある。
○、面接を受けたり電話をかけるときに、名前や会社名その他の決まり文句を言うのに数秒から数十秒にわたりかならず激しくどもる(ことばが出てこないか、繰り返す)ほどではない、
または症状に波があり、どもらない人と同等の電話応対をできることもあれば、どもりできないこともある。

 なぜ、今回、「比較的軽い」にこだわるかというと、
何気ない日常会話においても常に激しくどもるような重い吃音をもっているケースに同じ考え方(希望する仕事に適応するために言葉の流暢性を高める努力をする)をすることは、かえってその人のこころを追い込んでしまうと思うからです。
こう考えること自体吃音者の差別化ととらえられてしまうかもしれませんが、それは私の本意ではありません。あくまでも、今回のような設定状況において「自分の本来希望する仕事にできるだけ就けるようになる」ために、プラクティカルに考えたいということで読んでいただければと思います。

 どもりを原因としてその人の人生にに起こる様々な問題は、
症状や重さの違い、本人を取り巻く心理的・経済的環境(特に子供~思春期後期くらいまで)の違いにより大きく変わってきます。(同じ「どもり」ということばでくくってしまって良いのか迷うほどです。)
どもりには、生活にはほとんど影響を及ぼさないようなごく軽いものから、人生を大きく変えてしまう深刻なものまであります。
どもりを持っていても、一般的な職場でどもりを持っていない人と同じ内容の仕事ができるくらいの方もいれば、それが無理な方もいらっしゃり、その中間、つまりボーダーライン上の方もいます(私はこれに当たると思います)

 時間の経過による変化も見逃せません。
吃音の症状は、長い人生のなかでは、かなり軽くなる場合もあればぶり返しもあります。
思春期~20代くらいまではそれなりに重い吃音であったのが、いろいろな人生経験を経て、一般的な仕事にも影響しないくらいに改善される例もありますし、その同じ人がある日急にぶりかえす場合もあります。

 学業や仕事の本来的な能力には問題はないのに・・・
いざ、人と話すとき(直接や電話で)や人前で発表する場面になるといきなり躊躇したように激しくどもったり、自分の名前や会社名などの間違えようもないことばがなかなか出てこない、または大きくつまずくように発音するなどのいわゆる「どもる」ことやそれにまつわるストレスで、結果的に学業や仕事、ついには日常生活まで悪影響を及ぼす(仕事や勉強に手がつかなくなる。うつ状態になり日常生活がこなせない。)ことは、結果的にその人の社会的な立場を弱くしますし、生きていくことすらつらくする場合もあります。

 世界有数の先進国である日本においては、
障害を持っている方も健康で文化的な最低限の生活が保証されるように、各種訓練や治療、カウンセリングを安心して受けられるようにしなければなりません。
持っている障害に応じて働くことができるように、公的機関が最大限のサポートをすることは、本人にとっても周りにとってもとても良いことだと思います。


 前置きが長くなりましたが、今回からは、
「比較的軽い吃音者が希望する仕事に就きたいのに、どもることがネックとなって就けないことや、就いた仕事が長続きしないことをなんとかしていきたい」というテーマで書いてみたいと思います。

 現実の仕事に適応できるように、できるだけ言葉の流暢性を高めるための方法論として、医者などの専門家の選択、カウンセリングの受け方、言語訓練の仕方、本音を言える仲間の作り方、どもりを苦労をしながらでも自分の心を安定した状態で保つ工夫などを書いてみます。
 また、最大限努力しても、どもりのために自分の希望がどうしても達成できない場合の「自分のこころの処理の仕方」についても考えます。

今回は序論で終わらずに、何回かに分けてがんばって書いてみます。(汗)
テーマには以下のようなことがあるのではないかと思います。
○、「どもりにこだわらないこころ、考え方」と、「ときには思いっきりこだわってよい」という相反する心の動きを自分の中で認めてあげること。

○、現実(どもりの重さや症状の現状と、家族の精神的・経済的バックアップ)を踏まえた上で、できるだけ自分の希望する人生を歩んでいくには?

○、「社会に適応するためにいろいろと努力するという考え方生き方」を受け入れて動いていくことができるか?

○、自分にとってギリギリの人生を生きていくか楽な人生を指向するか?

○、こころを病まないように注意しながら生きていく方法

○、仲間の大切さと、グループのなかの人間関係で傷つかないようにすること

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