もともとの症状以上に吃音を重くさせている原因は(再掲載一部改編:2010年9月)

 多くの吃音者は電話が苦手です。(私もそのひとりです)
3歳頃にどもり出した私は、思い出せる限りでは小学校3年になったころに、はっきりとどもりを自覚して授業中の発表も電話も苦手になったように思います。

 電話では自分の名前や会社名から言い始めます。これが吃音者の電話をさらに苦手にさせている要因です。
*、かつては(昭和40年代くらいまでか?)「もしもし・・・」でしゃべり出した電話も(よほどのおじいさんやおばあさんでない限り)いまではそんな言い方はしませんね。
(誰かのアドバイスに従って工夫したつもりで)、しゃべり出しに、「もしもし」「えー」「おはようございます」などという言葉をいれると、その言葉は出るが肝心な名前はかえって出にくくなり難儀することがあります。

 ○、どもらない人でも、そんなにすらすらとはしゃべっていない?
 吃音者は「すらすら」しゃべることにあこがれます。
「どもりさえなければ私の人生はバラ色ですべては成功する!」とまでは言いませんが、少年の頃は特にそのような妄想にふけってしまうことが多々ありました。
(小・中学校から高校にかけて、授業中に指名されても言葉が出てこないで立ちんぼになってしまったときなど、心の中ではそう思っていました(笑))

 さて、今となってはうそのような話ですが、一昨年、盛り上がっていた選挙では候補の演説を聞いていると、
ところどころでつっかえながら、また、「あー」「ウー」などを入れながら話しているのがわかります。(失言をしないように注意しているのでよけいなのでしょう。)

 どもりを持つ人へのアドバイスで、「アナウンサーなどのしゃべるプロも良く聞いてみると良くつっかえているよ、だから君もあまり気にしない方がよい」というような言い方をしますが、
どもりでない人の「つっかえ」と吃音者の「どもり」とは本質的に違います。

 私はどもりの「深化」をこのように推測しています。
「最初に器質的(つまり脳の機能的な異常)などもりの症状があり」→「笑われたり注意されたこと、また、劣悪な家庭環境などを原因として、どもりを(恥ずかしいもの、いけないもの)と思うことで症状以上に重くなり(つまり、メンタルな意味で重症などもり)」という悪いサイクルが続くこと。

 どもりが重い軽いということも、もともとの脳の機能障害が重いのか、吃音者が置かれた環境が悪いので擬似的に重くなっているのか、大きな違いがありそうです。

 逆に考えれば、うまくいけば、吃音者が本来症状として持っていた最小限のどもりにまで「治せる」可能性もあるのでないかと思います。

 巷(ちまた)では「脳科学者」なる肩書きができて脳の研究の進歩が喧伝されていますが、脳の中で言葉がどのようなメカニズムで出来て話し言葉となって口から出てくるのか。また、それらに障害があるときに、脳の神経のどの部分が壊れているか機能障害を起こしているかが特定され、投薬や手術により「治す」などということは、今の人類の科学技術では「夢のまた夢」であることは皆さんもご存じだと思います。(スタートレックの頃、27世紀くらいか??になれば出来るかもしれませんね。)

 そもそも、特に日本で、ごく一部の研究者が少ない予算で苦労されながら細々と努力されているどもりの研究は、昔から「障害児教育」など教育学の領域での研究にとどまっていることがほとんどなのは残念なことです。
 医学部を擁する総合大学で、医学的な見地から、また教育学的な見地からなど学際的な研究がなされないと、どもりの問題は良い方向には進まないでしょう。

 確実な治療法が存在しないいまの時点では、「教育学的、心理学的」な対処法の研究や実践にも力を入れていくべきと思いますが、同時に、20年、50年先の、まさに脳科学的な、ロングレンジの研究がなされるべきです。

 また、大学や研究所などは内弁慶的な仕事をしていないで、街のなかにサテライトの治療室や相談所を作るくらいの攻めの姿勢を見せてほしいものです。

 しかし、このブログの「ブックリスト(脳は奇跡を起こす )」にも載せているように、いままでは治らないと思われていた障害などが不可逆なものではないことが徐々にわかってきているのも事実のようですね。
このあたりに、どもりのリハビリテーションをアクティブに行なうヒントがあるのかもしれません。

○、なかなか社会に出られない吃音者に必要な、「無理をしてでも言葉を使う世界に飛び出すこと」(「そうしなければならない」のではありません。念のため)
 過去にも何回か書いてきましたが、大卒後、どもりのために就職できなかった(正確にはしなかった=職種を問わなければ就職できたはずです)私は、1年以上引きこもりました。
 卒業から2年遅れの就職するまでの顛末については何回か書いていますが、子供の頃どもりを意識してから(精神的に)逆境の家庭環境下で自分なりに突っ張って生きてきたその緊張感が就職の失敗をきっかけとしてぷっつりと切れてしまい、自分ではコントロールできないくらいの「敗北感・無力感」により引きこもったのだと思います。

 その後、民間のどもり矯正所に通いだして、そこで得た友人との語らいのなかで自信を取り戻し、ハローワークに通って仕事を探しあえて営業職につきました。(私の場合はです=あくまでも私の場合はということです)、あえていちばんしゃべる仕事である営業職に就いたこと、つまり無理をしたことが結果的に良い方向に作用しました。
結果としてどもりの症状もかなり改善されました。
*、どもりの重さの違い、個人の考え方の違いでいろいろな働き方があることはいうまでもありません。でも、「ちょっと無理をする」ことは必要かと思います。

 ただし、この話には後日談があります。自信を持って転職したはずの私が転職先の会社で自分の会社名が言えなくなり、それを原因として大変な苦労をすることは過去に書いています。

*、どもりの症状や個人を取り巻く環境はそれぞれなので、吃音者をサポートする側もプロフェッショナルでなくてはいけません。
 吃音に精通したどもりの症状を見てくれる言語聴覚士、心理的側面からバックアップしてくれる精神科医や臨床心理士が必要ですし、人生経験豊富な吃音者のOBのアドバイスも役立つでしょう。

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