吃音問題について、改めて「シンプル」に考えてみる

 太平洋戦争前から昭和30年代までは、「どもり治療」と言えば、ごく一部の例を除いては民間療法しかありませんでしたが、 昭和40年代くらいからは、小中学校に通級学級の「ことばの教室」が設置始められたところが、日本における事実上の「吃音(児)者に対する公的なサポート」の始まりだと思います。

 それから40年たちましたが、吃音児(者)を取り囲む状況はどれほど改善されたのでしょうか?ぜひ、全国規模で調査してほしいものです。
 それも、サービスを行なっている側の調査ではなくて、利用者側(子供とその親)の満足度を公平な機関が正確に調べて、その結果を公開していただきたく思います。

 さて、今回は、「どもりの問題を改めてシンプルに考え直してみよう」というテーマで書いていきます。

 どもりはその重さや症状により人生に与える影響が大きく違いますが、場合によっては子供ですら自殺を意識するような「恥ずかしい」、「つらい」、ものであり、進学や就職、授業や仕事に大きな支障をもたらすものです。
あえて、はっきりと書きましたが、この現実を無視しての吃音者対策などは机上の空論でしかありません。現実を踏まえて対策を練るべきでしょう。

 他者との関わりのなかで、また、何かのグループに属して、その中で学んだり働いて生きていくというシステムの現代社会では、
自分が属しているグループのなかに、吃音に理解がないか、どもることをいやがる人がいることを前提に、 「そのような現実のなかで」、できるだけ生きやすい生き方やそれをサポートするシステムを構築するべきです。

 なんといっても就職の問題が大きいと思います。
 障害を持っていない人でも就職(正社員)がきわめて難しい現在、ある程度より重い(日常生活に支障があるくらい)どもりをもった人が、民間企業に就職することは極めてたいへんであることは容易に想像できます。(とくに、事務職や営業職)
 もしも、コネを使って就職できたとしても、入社後の職場が「針のむしろ」になってしまうかもしれません。

 世の中のIT化の進展とは裏腹に、働く人にますます求められてきているスキルは「ことばによる高度な交渉力」です。

 もちろん、仕事にはいろいろありますね。農業、漁業、林業、自由業(?)、職人・・・など。
 しかし、都市部のサラリーマンの子供がいきなり農業を始めるのには無理があります。
 今後もしばらくはこんな状況が続くでしょう。

 これからは、どもり出した子供の頃より、 きちんと教育され豊富な臨床経験をもつ言語聴覚士や彼らをバックアップする精神科医などがチームを組んで、また、学校の先生や親御さんと連絡を取りながら、 長いスパンでどもる本人のサポートや本人が子供の頃には親の教育やサポートをしっかりとを行なう必要があります。

 人生を生きていくなかで、どもりを原因として大きくドロップアウトしないように、
たとえしたとしても最小限で収まるように、できる限りのサポートが受けられるようにする。
 また、本人のどもりの症状や重さを踏まえた上で、子供の頃より将来を見据えて、
適性にあった職に就け、できるだけ安定した人生が送れるようにサポートすることも必要でしょう。

 それには、子供の頃からどもることで悩むあまりに、うつ病や不登校にならないように気軽に専門家のカウンセリングが受けられるようにすることや、本人の希望があれば、気軽に言語訓練も受けることができるように環境を整えることも是非とも必要です。

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