「吃音を持ちながら頑張る」という生き方の「弾性限界」(再掲載一部改編2008年7月)

鎌倉 御霊神社

鎌倉 江ノ電線路越しの御霊神社

 「弾性限界」
 理科系でないので正確ではないかもしれませんが(高校の物理で勉強しましたね)、金属などを曲げるのをやめたときに、もとに戻る限界を超える点を「弾性限界点」というような言い方をしたと思いますが、
 吃音者の人生においても、「無理をしないで自分らしくどもりながら生きていく」、または、どもることをバネとして「負けられない!」と頑張って無理して生きていくことにも、「弾性限界」があるのではないか・・・・・・・と思うのです。

 どもることをひたすら気にして、どもらないようにしようとあらゆる努力をする生き方もたいへんですが・・・・・
「どもったまま生きていこう、頑張らないで生きていこう」という考え方も、もしかしたらそれ以上に大変で、肩肘張らないとそのような生き方ができないのかもしれません。だって、「たいへんなものは大変」だし、「恥ずかしい」ものは恥ずかしいというのが自然ですからね。

 (私もそうですが)、ある程度以上重いどもりを持ったまま思春期後半(高校生以降)を超えた人、つまり、自然治癒が事実上望めなくなった以降の吃音者にとっては、いまの日本の吃音者に対するサポート(医療・リハビリテーション)のレベルを考えたときに、「公的な吃音者に対するサポートは事実上処置なし」の状態であることは間違いありません。

 そのような環境下でどもりを持っている思春期以降の人たちが自分でできることといえば限られていて、(症状の重さや、その人を取り囲むいろいろな状況によっても違いますが)、セルフヘルプグループに通うぐらいでしょう。

 そうでなくて、とにかく治そう、少しでも軽くしよう、と思うのならば・・・・
インチキと思いつつ半信半疑で通う、(治療費??)に何十万円を払う民間の無資格どもり矯正所に行くしかありません。(悲しことに私が利用した二十年前と何ら変わっていません。)

 または、かつて私が参加していた私的なセルフヘルプグループで行なっていたように、
仲間うちで集まって部屋を借りて、(互いに専門書を読みながら)、例えば心理劇(サイコドラマ)なような方法を使っての・・・・・・
電話が苦手ならば電話を、ある特定な状況下(発表・交渉)で話すことが苦手ならばその状況を再現してでの練習があります。

 そのグループには、様々な年齢層(高校生くらいから成人まで)、様々な仕事の人が集まっていたために、サイコドラマの途中でどもっているときに、いろいろな立場の方の意見を聞きながら進めていくことができました。
また、練習日以外にも日常的に電話をかけ合っていました。携帯電話が一般に普及する前の時代でしたから、電話といえば固定電話でした。
 親と同居している家に電話する場合、どもりの友人本人がひとりで住んでいる家に電話する場合、と、条件設定をして練習することができましたのでとても役に立ちました。

 たぶん、これがいまの日本でできる、吃音を軽くしよう、治そう、という考えにとどまらず、どもったまま豊かに生きていこう、とする、ベストに近い対策、なのではないでしょうか?(所詮、我々は素人の集まりでしたが、それしか方法がありませんでした。そして、この状況はいまでもまったく同じです。)

 小さなセルフヘルプグループで活動していたとき(90年代初め頃)から、現在でも感じていることなのですが、
小学校や中学校などの「ことばの教室」で、どもりを持つ子供や両親に対するサポートがきちんと行なわれているか?

 例えば、「どもりの研究と治療の歴史と現状、つまり、どもりはいまの医療レベルで治るものなのかどうなのか?」ということと、
「どもりを治す、という考え方や、どもりを持ったままでも自分らしく生きる」、などということまできちんと先生から説明されているのかどうか?
「また利用者側の視点に立った、利用者本位のサービスがきちんと提供されているか?お役所仕事になってはいないか?

 上記のことがしっかりと行なわれていれば、思春期以降までどもりを持ち越した人たちが、「どもりに対する正確な知識と心構え」、を持っていても良さそうなのですが、実際に接してみると実に幼稚な知識しか持っていない場合が多いのです。

 (どもりに対して、それなりの対策をとったり、まったく何もしない場合でも)、死なない限りは日常を生きていかなければいけない吃音者は、「頑張りたくなくても」、それぞれの置かれた立場で毎日を生きていくための「がんばり」をしないといけませんね。
 しかし、そのがんばりにも限界があります。特に個人でできるがんばりには限界があります。

 今回は歴史学者、市井三郎、のことばでしめます。
「歴史の進歩とは、自らに責任のない問題で苦痛を受ける割合が減ることによって実現される」
講談社現代新書「発達障害の子供たち」(杉山登志朗:愛知小児保健医療総合センター保健センター長)より

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