吃音者の「吃音や人生に対する想い」の違いと、違いを認めながらの協同の必要性(再掲載一部改編:2009年12月)

鎌倉 宝戒寺

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 どもりを持つ人が10人いるとすればその重さや症状も10様ですが、本人を取り巻く「経済的な環境」や「心理的な環境」もすべて違いますね。

なんで、「重さ」や「環境」にこだわるかというと・・・・
どもりで悩んで、不登校になったり、就職できなかったり、引きこもりになったり・・・・・、
悩んだあげくに、自分の心のなかで処理しきれなくなってそういう行動になるのですが、対応策として飛び込んだ精神科医や各種カウンセラー、従来からある民間無資格どもり矯正所、各種セルフヘルプグループ、などでは、救われる場合もあるでしょうし、かえって自信をなくしてしまい前よりも悪い状態になることもあるでしょう。

 どこに問題があるかというと、いま現在悩んでいる本人と相談される側との間に「距離」が出来てしまっている場合には、相談している専門家がいかに優れた精神科医でも言語聴覚士でも、また、人生経験豊富なセルフヘルプグループのメンバーでも、それらの人の言葉は「ウザイ」ものでしかなくなります。
 特に、説教臭い、語り口で語られては最悪ですね。

 相談者と被相談者の年齢の違いや社会的な地位の違いが問題なのではなくて、「今悩んでいる人の気持ちを自分の経験値にそのまま当てはめないでフレキシブルな頭で分析できて共感できるか」という、「感性」の問題だからです。
(どもりの問題ではなくても、たとえば「うつ病」になって、評判を聞いてかかった一流の大学を出て経験豊富な精神科医が必ずしもそうでないことは、経験のある方ならば痛感していることと思います。)

 ですから、どもりを持つ人にかかわる専門家(学校の先生、医者、ST、カウンセラーなど)やどもりの人から相談を受ける先輩は、どもりの症状や治療法の研究も欠かさないことはもちろんですが、「今」がどんな時代で、どもりを持ちながら暮らしている今の若者などが、家庭内で、学校で、職場で、どんな環境に置かれて悩んでいるか?ということを自分の経験値だけではなくて、感じ取れる様に「努力」をすべきでしょう。

 今という時代は、どもりでない「普通の人」でさえ就職が困難な時代。
特に中小企業はどこも青息吐息で、20年前30年前の高度成長やバルブの頃とは全く違います。
 今という時代は、90年代初めくらいまでの景気の循環による浮き沈みではなくて、産業構造や働き方を根本的に変えることが求められているのに(明治維新、敗戦以来の大きな転換点)、相変わらず小手先の変更で乗り切ろうとしている日本政府や日本人。・・・

 そんな大津波のなかで、どもらない人たちでさえ就職(正社員)というステージに上ることが困難な時代において、どもりを持ちながら電話すらかけられないなどと悩んでいる人がどんな困難に遭遇しているか、想像することから始めてみるべきです。

 その時にはじめて、良い方向に進んでいくための第一歩が踏み出されることになると思います。

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