「吃音のままでよい」と「毎日の仕事」のはざまで 再掲載一部改編2007年9月

小石川植物園

2010年4月小石川植物園

 どもりをもっていて毎日がとても辛くても、学生は学校に行かなければならないし、社会人は稼ぐために仕事に行かなければなりません。
もちろん行かない自由もありますね。しかし、仕事をしなければお金が稼げず生きていけません。
*、どもりを「障害」と考えるときに、どもりによって学校や仕事に行けないようならば、それに対処するための正式な「医療」や財政的な援助があってしかるべきです。このあたりをそろそろ真剣に考えるべきです。
 また、どもりであるがために、学校や職場に行きたいのに心理的に追い詰められて引きこもりになったり、うつ病になって長期間苦しんだり、また、どもりでるがために一生懸命に就職活動してもちゃんとした仕事が見つからない現実も当たり前のようにあります。

 どもりについては、いろいろな考え方(治そうという考え、そのままでよいという考え、など)がありますが、そういう議論を超えて人間としてひとりで独立して生きていくためには、どうしても「しゃべる必要」がある場面に出くわします。

 まわりにほかに人がいなければ苦手な電話に出ることもあるかもしれませんし、オフィスのなかで他の人が出払っている場合は接客をする場合もあるでしょう。
現実に毎日を(なんとかでも)生きぬいていくために少しでも言葉の流暢性を確保したいと思うのは、ごく当たり前の気持ちでしょう。

 むしろ、「そのために頼るところがない」という現実こそがどもりの問題の核心かもしれません。
悪者扱いされている(している)民間の矯正所がなくならないのはこのあたりに理由がありそうですね。

 公的な機関や学者も、どもりの人の現実(本人の苦悩、経済的・心理的な環境の悪さ)から一歩も二歩も離れて安全圏から、第3者のように、アドバイスを行っているように見えて仕方ありません。
 民間のどもり矯正所が依然としてなくならないのは、われわれ吃音者とそれを取り囲む現実の反映なのではないでしょうか??
 
 現実に行われている公的なサービス(学校の言葉の教室の質と量の向上、どもりを受け付けてくれる病院の設置)を検証し意見を言うのは、われわれでしかできないことすし、納税者としての当然の権利でもあります。

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「吃音のままでよい」と「毎日の仕事」のはざまで 再掲載一部改編2007年9月」への2件のフィードバック

  1. 書き込みありがとうございます。
    吃音者といってもいろいろですね。
    軽い場合(紆余曲折はあったにせよ一般の会社や役所にに就職でき長い間働くことができる)、
    ちょっと重い場合(自力では就職できずにコネでなんとか就職し、職場でもギリギリの心理状態で働いているか、または、ひとつの職場では長く続かずに転職を繰り返している)、
    かなり重い場合(場合によっては高校や大学、専門学校もどもりを原因として中退することとなったり、一般の職場では仕事にならないで、誰かのコネで言葉を使わないか配慮された職場で働いている方、また、就職できずにぶらぶらしているか、フリーターのような働き方を学校を卒業後から強いられる場合)
    など多様なので、どの人が発信していくかにより受け止める側も大きく変わってくるでしょう。

    また、erlue8さんの若かった頃とは社会環境が全く違います。どもりのない一般の方でも正社員になかなかなれない時代に「若い頃は苦労したが、いまではそれなりに落ち着いて・・・」ということにはならない場合が多くなっているのです。

    また、NHK教育TVなどで、たまに吃音の問題を取り上げることがありますが、TVに出てくる人が比較的軽い方が多く、深刻に受け止められないのでしょう。
    *、重症の吃音を持っている人にこそ重きを置くべきと思いますが、吃音者の会合などでも、「良くしゃべる自称吃音者のかた」が場を仕切ってしまうことが多い様に思います。吃音者同志の会合でもそうなのですから、社会に訴えていく場合はさらに難しくなると思います。

  2. 吃音問題に対する公的機関の取り組みが遅れている主な原因は、吃音者の現実が理解されていないことにあると思います。理解されない一因として、吃音の可変性(場面に応じて吃音が軽くなったり重くなったりする)があると思います。症状が固定していないことは、行政の対応をむずかしくするでしょう。とはいえ、今のままでは駄目ですから、まずは多くの吃音者が吃音問題を冷静に把握し、社会に対して説得力のある発言をし、吃音問題を社会に知らしめなければならないでしょう。それなしには、一歩も先へ進まないと思われます。
    私も吃音との関連でかなり曲折を経ました。吃音から派生する問題がさらにむずかしい困難さを派生させるという悪循環がありますから、とくに人生を左右する若い時期については、教育機関などの対応が非常に重要であると思います。

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