吃音:自分なりの回答を出すこと

明治神宮の秋

明治神宮の秋

 吃音者が3人いればどもり方も3様で、それらの人を取り巻く環境もそれぞれです。

 日本にはどもりを持った子供や大人が安心して定期的に通える吃音に精通した専門家がいる病院は事実上ないといってよい状況で、ネットなどでようやく探し出した「専門家と言われる人」に相談に行ったところで確実に治す方法はありません。(その専門家のせいではなく、原因も治し方も確立されていないからですね。念のため)

 ですから、未だに、明治期(もっと前?)からある、民間の無資格どもり矯正所がかたちを変えながらも存在し、怪しいとは思いながらもそこに大金をはたいて通わざるを得ないところまで追い詰められてしまう人が多いという、20世紀(いや19世紀)的な状況が続いているのです。

 さらに、子供の頃からの家族(親)の対応も影響しているのでしょうが、自分のどもりやどもりによる悩んでいることを隠す傾向が顕著なので、日本にも相当数(数十万~百万人)いるはずのどもりで悩んでいる人が、その社会的な問題とともに認知されずに、
いつまでたっても、「この子は落ち着きがないからどもるんだ」、「ゆっくりしゃべらないからどもるんだ」、「こころが弱いからどもるんだ、こころを強くすれば治る」くらいの話ししか出てこないのです。

 こんな貧弱な状況では、残念ながら、自分を守るために自分で動く部分がどうしても多く(思春期以降の場合はほとんど)なります。
*、自分自身でアクティブに動くことでどもりと正面から向き合う場面が多くなります。これは決して悪いことばかりではありません。

 インターネットでの情報収集から始まって、実際に専門家と言われる人を訪ね歩いたり、と、世界中からできるだけ多くの正確な情報を集めて、自分なりに分析し、「ここまでやったぞ」というところまで動いておけば、いままでこのブログで何回も書いてきたように「よい意味での諦め」や「生きていく覚悟」ができてくるかもしれません。(それが結果として、吃音症状の軽減につながってくることもまれではありません。)
 また、気の合う吃音仲間(?)で小さなセルフヘルプグループを作り、かつてあった民間のどもり矯正所の良い点(たとえば、みんなでひとつの部屋の中で集まるので仲間ができる。仲間でいろいろとトライできる)を参考に活動していけば、それなりの成果が期待できます。

 しかし、このような状態では良いはずはないので、少しずつ、できることから変えていく必要があります。

○、いまの時点で学問的にわかっていること(最先端の状況)や、どもりを持つ子供や大人に対してそれなりの充実した対応ができているケース(病院、研究所、ことばの教室)について、ケーススタディー集をまとめてウェブページで公開し誰でも閲覧できるようにすること。

○、それらの情報を、吃音者本人はもとより、言語聴覚士や臨床心理士、精神科医、ことばの教室の先生、小・中・高校の担任の先生、どもりの子供を持つ親、などの、吃音者や家族を援助する人達に受け身ではなく積極的に提供すること。
つまり、吃音者の対応に地域差や担当者の違いによる差がでないようにする。(ユニバーサルサービス)

このあたりからならばできるはずです。

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吃音:自分なりの回答を出すこと」への2件のフィードバック

  1. 書き込みありがとうございます。
    erlue8さんのブログも拝見しました。
    これからもよろしくお願いします。

  2.  時々、ブログを拝見しておりました。吃音について真摯に考えていらっしゃいますね。
     吃音者の生活の現状について、また医療機関や教育機関などの対応について、私も知りたいと思います。私自身はとくに吃音研究の文献(ただしより広く、神経科学、音声学などの文献も含めて)の一覧を紹介するサイトがあればよいなと思っております。
     今は、私は生活の事情で自由に動けません。何とかしなければと思っていますが。 あなたのブログは今後も拝見していくつもりです。ブログの継続、頑張ってください。

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