吃音者には「いまの自分」を踏まえて現実的に生きる生き方と、ちょっと無理をしてでもチャレンジしていくような生き方があり、どちらを選ぶか、両方を行なうかはそれぞれの方の選択の自由です。

 日常生活の意思疎通にも支障があるくらいの重さのどもりを持ちながら学生の就職や中途採用の就職活動をすることはとても大変なことです。
*、もちろん、どもりの重さの違いによって、また、どのような職種を目指すかによっても「どもり」が就職に及ぼす影響は大きく違います。

「いま」という視点からすると現実的ではありませんが、
工芸などの仕事を家業としている職人の家に生まれればそれを継ぐという選択、または、実家がが自営業でそれを継ぐという選択、もないわけではありませんが・・・
いまという視点で考えたとき、それらの仕事の多くは食べていくために充分なお金を稼ぐことは出来なくなっています。
 農業や漁業も同様で、農家の子供も勤めに出ている(出させている)というのが日本の多くの例ではないでしょうか(農業の担い手の高齢化の問題)

 しかし、安定職であったはずの「会社勤め(サラリーマン)」も、もはや良い仕事ではありません。
 ご存じのように、中国などの急速な発展で日本国内に工場や事業所を置くこと自体競争力の面から成り立たなくなっています。
 日本は長期的に見れば脱工業化をしていかないと成り立って行かなくなるかもしれません。
このままでは(いや、もうすでに)、日本を代表するようなごく一部の有名企業が海外に工場を置いて外国人を社員として栄えていく、あとの日本人は(公務員を除いては)貧乏となり、超格差社会となってしまいます。

 こういう社会状況のなかで、ある程度より重いどもりを持っている人は、
自分のどもりの程度や、自分の中にしっかりとした目標があるのか、また、その目標ために人生のほかの部分をある程度犠牲にする覚悟があるのか?によっても、生き方を選択する必要があるかもしれません。

 あえて無理はせず、仕事も自分ではなかなか見つけられないのならば、身内や友人の紹介で、言葉の面から無理のない、また、どもりに理解のある職場に就職するという方法がありますね。

 一方、もともと「○○になりたい」という目標があり、「どもること」を、それが出来ない・それになれない言い訳にしたくない、と思う人の場合は玉砕覚悟で果敢にチャレンジしていくということもアリだと思います。

 要は、自分でどのような人生を作り上げていきたいか、ということと、「それを実行するだけの力」が自分にあるかを自分で見極めるだけの力があるか?ということになります。
*、後者の場合は、その人の豊富な人生経験(失敗を経験していることでしょうか?)がバックボーンとなるでしょう。

 こういうことを考えていくと、吃音者(特に思春期以降)をサポートする側の専門家に必要とされるスキルは、
言語障害としての吃音の専門知識や臨床経験、吃音者の心を知りサポートするための心理学的知識や臨床経験はもちろんのこと、
それ以上に、豊富な人生経験やそれによってできあがった人間的な大きさが必要とされます。
 それがないと、原因もわかっていない、治療法も確立されていないどもりのサポートは、形だけのお役所仕事のようになってしまいます。

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