吃音:素直に悩める気持ちをもつことと、自分をサポートしてくれる環境を意識的に作ること

 暑いですね! 私はちょっと風邪気味です。皆さんも健康に気をつけてください。

 ある程度以上の重さのどもりを持っていると、毎日、24時間、しゃべる度に自分がどもりであることを意識させられます。

 朝起きて「おはよう」を言うときから(家族のあいだでは、おはようを言うことはあまりないのかな)、「行ってきます」、
学校や会社に着いてからは、また、「おはようございます」、そして仕事や学校生活が始まるのですが、自分の意志や感情を相手に伝えるためには、言うべきときに適切な言葉を発する必要があります。

 どもりを持つということは、それがうまくできない状態にあるということです。
 そして、どもりの重さや本人の悩み方によっては、学校生活を送る上、仕事を進める上で大きな支障が生じたり、仕事上の人間関係に(ビジネスライクなという意味です)亀裂が生じることもあります。

 ○、素直に悩まないと現状把握ができない。
 どもりを原因とする様々なことで悩んでいる自分を「こんなことで負けたらダメだ」などと自分自身を鼓舞してがんばっている、
これは、自分の少年期からの姿です。
 自分と言うよりも1960年代生まれの自分としては、親は戦中派、見て育ったマンガは「巨人の星」や「アタックNo1」では、
「がんばらないと!」という考えが染みついているのかもしれません(笑)
*、親の世代は、もっと「がんばらないと」世代ですし、坂の上の雲に出てくるような明治期の人々はさらに「がんばらないと世代」ですね。
 その「がんばらないと世代」が作った日本は結果的に無謀な戦争を仕掛け、国家を破綻に導きました。

 話を戻します。
 私はがんばることを否定しません、ちょっと(だいぶ?)無理をしてがんばった先に得られる果実は大きいものがありますし、向上心は大切だからです。

 しかし、何回か前にも書いたように、心身に障害があり、障害を原因として出来ないことに必要以上にこだわって「治さないといけない」と思い込んでしまうとその人の人生は悲しくなってしまいます。
 また、そのように思わせるような育て方(家庭、学校)をしてはいけません。

 素直に悩んで弱音を吐ける人や場所があるということは、ある程度以上の重さのどもりを持つ人にとって大切なことです。
*、症状が重い人はもちろん、第3者から見た症状は重くなくても自分で深く悩んでいれば症状が重い人と同じように考える必要があります。

 素直に悩めるということは、等身大の自分を受け止めてくれる環境が身近にあるということでもあります。
「どもりで悩んでいる今の自分を素直に見つめることが出来る」と、人生設計をする上でも必要以上に背伸びをしない「地に足の着いた生き方」が出来るでしょう。

 子供の頃までは、親のどもりへの理解と適切なサポートが必要になってきますが、思春期後期以降は自分のことは自分で決めていけますので、意識して素直な自分を出せる場と友人の確保をすることに心がける必要があります。

 必要以上の無理は、心の病気を呼ぶだけでなく、人生そのものも狂わせてしまいます。

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