2010年の吃音者(1)

 「自分を知ること」、文字で書くと簡単ですがとても難しいことです。
 人は思春期を過ぎ社会人となり、いろいろな年齢・立場の人々との私的・公的な交流のなかで揉まれて仕事上で、また私的なことで成功したり失敗したり、こんな経験を繰り返すなかで徐々に「自分」が確立してきます。

 子供の頃より日常生活に少なからぬ影響が出るくらいのどもりを持っていて思春期を過ぎた人。
人生の基礎を作るとても大切な時期である思春期をどもりを持った状態で生きるので、その時期にどもることを原因として起こる様々なことが彼の人生に大きく影響(悪影響、良いことも)してきます。
 そのような人でさえ、自分がどもりを持っている人間であることを心の中で受け入れられないことがあるのです。(私がそうでした)

 思春期も後半になり自分の進路を具体的にに考える頃になると、自分のどもりが自分の生き方(将来)に影響を及ぼすことを知る(知らされる)のです。
 何かを目指して努力をする、そして希望の学校にも進学を果たしたとします。
しかし、自分はどもる、それも話す度に話し出しがなかなか言葉として出てこないくらいのどもりを持っている。
または、何気ない日常会話ではそれほど目立たないのですが、何かを頼む、発表する、自己紹介する、電話するくらいになるといきなりかなりどもり出す場合もありますね。

 学生のうちになんとか治したいと思い、やっと見つけた民間の無資格矯正所にも大金を出して(何か所か)通ったが、結果的に治らなかった。
 クラスメートは当たり前のようにしているアルバイトでさえ、求人誌を見ても肝心の問い合わせの電話ができない(する勇気が出ない)自分と対峙することになります。
これではいけない、思い切って問い合わせの電話をしてみても自分の名前さえ出てこず、いたずら電話と思われて切られてしまった。(ますます自信をなくす場合もあるでしょう、なんとかでもうまくいき徐々に自信をつける場合もあります。)

 こういう日々を繰り返すことにより「自分がどもりである」ことを心から認識する(させられる)のですが、それでも学生のうちは働くことからは逃げることができますね。しかし、そのうちに、逃げることができない状況、就職を考える時期となります。

 ここからが本当のどもりとの闘いとなります。
(闘いたくない人、がんばりたくない人も否応なくその渦に巻き込まれます)

 しかし、いちばん肝心なその時期にきちんとしたサポートがないのです。皆無と言っても良いでしょう。
 そこで、先人は、人に話せないような様々な苦労をしながら仕事に就き自分の人生を開拓してきました。
そのような状況は、平成22年の現在でもほとんど変わっていません。(続く・・・)

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