吃音:別の道(生き方)を模索すること

 いまの日本で、日常生活に支障が出る重さのどもりを持ちながら、学校に通ったり企業で働くことは大変なことです。
*、どもりが人生(仕事・生活)に及ぼす影響は、その重さの違いにより天と地ほどの差があることは何度も書いています。また、どもり出してから思春期が終わる頃までの家族など周りの理解があるかどうかでも大きく変わってくるでしょう。

 学校で言えば、いまの経済状況や近年の家族の崩壊を予感させるような家庭内の人間関係がバックグラウンドにあるのか、相変わらず陰湿な「いじめ」があるようです。そのような学校ではどもりを持った子供はどれほど生きづらいでしょうか?
 職場(一般的な民間企業)でも、というよりもまず職場に正社員として入れるかどうかという問題がありますが、熾烈な競争(会社間・社員間)をなんとか生き抜いていかないといけないという客観状況がありますので、「どもりなので○○できない」ということはなかなか言えない状況でしょう。

 こんな時代に過度に無理をした生き方をしていても、自分の心と体のリソースを使い切ってしまうだけかもしれません。
*、現実にはかなり無理をしないと生きていけない状況に置かれている方が多いので、鬱病が国民病になったり、毎日のように電車の人身事故が起こるのでしょう。

 それでも、かつてのように終身雇用のシステムがしっかりしていれば少しは報われるのかもしれませんが、一部の企業や公務員を除いてはそのようなシステムはすでに崩壊しています。(そのようなところには中途入社はできませんね。日本はまだまだ遅れています)
 電話もまともにできなかった私が、大卒後2年遅れでも、半ば脅迫的に「スーツを着て電車に乗って毎日通う会社員になること」にこだわって就職活動し、小さな会社に営業マンとして就職できた80年代末とは客観情勢が違いすぎます。
*、当時は「やっと一人前になれた」と思えたものです。就職できるまでは家族の前でも心の居場所がありませんでした。

 2010年のいま、いままで(90年代まで)のような考え方を捨てて、少しでも自分にあった地道な生き方を選択した方が無理がありませんし長続きすると思います。

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