吃音:「自分の心のなかの想い」を素直に受け取ること

 今回は、「どもることによる劣等感や苦しさなどの感情」を無理して心のなかにしまわないこと。
また、まわりの人(親、先生、同級生、上司、同僚など)のアドバイスやお節介にも過度に反応せずに、「いま悩んでいる自分の気持ちこそを大切にすること」と、「自分の感性を信じ自分らしく生きること」の大切さについて書きます。

○「いま悩んでいる自分の心」を大切にする
これは、「いま感じている自分の素直な心を押さえつけない」ということにもつながりますが、要は「自分に正直に生きる」ということです。

 ものごごろついた頃よりある程度以上の重いどもりを持ちながら生きてきた子供にとっては、毎日が、ある意味においては「地獄」になることは、経験者でないと理解してもらえないでしょう。

 朝起きてすぐの家族の会話からはじまり、学校での友達や先生との挨拶、日直ならば授業の開始や終了の挨拶、また、いろいろな場で「自分の名前」をいうこと、さらには、ただ「はい」と答えること・・・
 社会人の場合は、重いどもりなのでしゃべることの少ない現場の職種についたつもりが、朝の挨拶や報告、自分の名前や専門用語など、言わなければならないことはたくさんありますね。
 営業職や事務職の場合は、訪問先にアポイントの電話をすること、訪問先の会社の受付にある電話で担当者を呼び出すこと、社内専用回線の電話で会ったことのない他部門の社員と綿密な打ち合わせをしたりすることも日常茶飯事です。日々の生活は「話すこと」により成り立っています。

 このあたりまえのことである「話すこと」が、どもることにより、意志がうまく伝えられない(結果として学業や仕事に大きな支障が生じること)か、第三者が聞くとそれほどどもっていなくても、本人にとっては話すたび(話そうとするたび)に過大なストレスがかかるならば、その人にとっては、生きている時間24時間がフルに辛い時間となります。
 まさに、「生きていたくない感情」を常に懐にしまった状態で日常を生きているのです。

 そんな自分を「これではいけない」とか「自分が甘いからうまくしゃべれないんだ」などと責めてみても、どもりは良くなるどころかかえって悪化し、心理的にも最悪の状態になります。
*、家族からこどものころより、どもるたびに言い直しをさせられたり注意されていては、「どもることがいけないこと」、「自分の努力不足でどもりが治らないのだ」という感情が染みついてしまって自信を持てないネガティブな気持ちがベースの子供に成長してしまいます。

「いま自分が大きく悩んでいるのはあたりまえ。なぜならば、どもりという深刻な言語障害を持っているから・・・」こんなあたりまえの感情には自己規制をかけないで、大いに嘆いてください。
 自分の中だけで思っているのではなくて、誰かに「こぼす」ことができればそれだけでもだいぶ楽になります。
それには、自分の感じていることをそのままを話すことができたり、ありのままを静かに聞いてくれる誰か「つまり親友」を確保することが大切です。(家族がそうなればベストなのですが多くはそうではないのが現実です。)

 どもりに対して自分から何か具体的なアクションを起こすまえに、「自分が、いま、どもっているということ」を否定したり、「いままでに自分のしてきたことをただ否定的に考えて自分を責めみて」も仕方がありません。

 とりあえずでも、いまの自分が置かれている状況を自分自身で認めてあげて、
「少しでも軽くしよう」、「できれば治そう」、または「改善されることはないかもしれないができるだけ自分らしく生きていけるように助言を仰ごう」として、いろいろな情報を集めて、できるだけスキルの高い専門家に相談に行くと良いのではないでしょうか。

 そのような考え方で生きていけば、劇的に変化はしないかもしれませんませんが、ゆっくりと確実に良い方向に進んでいきます。 

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