親しい人の前で思いっきり吃音を出せるか(再掲載、2008/08、2007/12)

 親しい人(例えば、家族、友達、職場の同僚、恋人・・)の前で思いっきりどもれるでしょうか?
「そんなことを言われても、私のどもりは結構重いのでいつもどもっています」、と言いたくなる方もおられるかもしれませんが、そういうことではなくて、親しい人の前で、「どもってはいけない、どもったら人に迷惑をかけるし、恥ずかしい」という気持ちを持たずに、「大いにどもりながら話すことができるか?」ということなのです 。

 心から思いっきりどもれる方は限りなくゼロに近いのではないかと思います。

 私の場合は、「他人の前よりも家族の前で話すときのほう」が抵抗感がありました。
 子供の頃どもり出した時から、家庭内で家族から、「どもってはいけない、どもりは恥ずかしいことだ」ということを言われ続けてきましたから、余計そのように感じられるのかもしれません。

 どもりの人を取り巻く環境を現実的に考えてみたときに、
親などの家族、学校の同級生や先生、職場の同僚など、どもりの人を取り囲む人々が皆、どもりを心からわかってくれて気を遣って配慮してくれる、という環境は、まず望めないと思います。
(どもりの重さによってかなり違いますが)、他人から笑われたり、注意されたり、お節介のようなアドバイスをされたり、会社を(事実上の)クビになったり、正直のところ、かなりつらい場面に出くわし続けるでしょう。

 そのような環境下で、「自分のどもりを気にしない」、「どもったまま生きていこう」などと、ある時点で理性的に決意をし、それを計画的に実行できるほど人間の心理は単純なものではありません。

 ですから、小さな頃より自分のどもりをさらけ出して話せる環境がどこかにあることが必要です。

 先程書いたことと矛盾しているようですが、人間関係が家族かせいぜい少数の友達に限定されている小学校入学後数年間くらいまでの時期に、自分のどもることに規制をかけるような感情を持たずに話せる場所があれば(家族が作ってあげることができれば)、たとえその子供の吃音が自然治癒しなくても、その子の人生に占める「どもり」のマイナス感が大きくかわってきます。

 逆な対応をすれば、些細などもりをも気にするような子供になってしまいます。
 
 どもる人に対しては、まわりの人は実に様々な反応をしますが(嘲笑、同情、拒絶など)、それらに対する「耐性」を身につきやすくなるでしょう。

 もちろん、無理にでも頑張ってそのようにするということではなくて、
「心や言葉のプロ」、それも、高度に訓練された、精神科医、臨床心理士、臨床発達心理士、言語聴覚士など、のバックアップのもとで行うべきことはいうまでもないことです。
 しかし、そのような訓練された専門家は、日本では数えるほどしかいない(というか事実上ゼロに近い?)のが現状ですから、吃音者自体がもっと声をあげて訴えていかないと、いままでの四十年間がそうであったように、今後も事態が改善されないまま時間だけが無為に過ぎていってしまいます。
 (残念ながら)、我々は、そういう専門家の育成も自らの手で行なっていかなければならないのです

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