吃音を美化しないようにすること

自分(自分たち)がどもりであること・・・・・・・
いつも書いているように、どもりと言っても実に様々で、「生活や仕事にほとんど影響のないごく軽いどもり」から、「発する言葉ごとに、ことごとくどもるような(生活に影響が大いにある)どもり」まであり、どもりが人生に与える影響には「天と地」ほどの差があります。

 「比較的軽いどもりの人が苦労の末就職でき仕事で成功した」、とか、「どもりを持ったまま小学校に通っていたが、そのうちに治って中学に入る頃には問題なくなった」などの、本人および親御さんの体験談が語られたり、今ではネット上に書かれることがありますが、それらの情報は「参考にもなる」し、場合によっては「今どもりで悩んでいる人の心を傷つけることさえある」 ということは今まで何回か書いてきました。
 *、ヒトの習性として、それほど重い症状のどもりでなかった(つまり軽かった)方が大変な苦労の末に就職して活躍しているような場合に、仕事が安定してくると、いままでの自分の経験を誰かに伝えたくなってくるのは自然な流れですね。そのようなときには、「自分のかつてのどもりは事実以上に重くなっていたり、苦労も大きくふくらまして語られます。」(悪気はない方がほとんどでしょうが。)
吃音者の(先輩?)のアドバイス(特にしつこい人のは)の内容には、かなりバイアスがかかっていると考えるべきですね。

 また、大人が主導することの多い吃音者(児)の会合などでも、悩んでいる子供が集まっているところで、
自分が子供であった頃は悩み抜いたはずの大人の吃音者が、「どもりを経験して良かった」、または、それに近いような発言をすることもありますね。
 「自分が子供の頃に同じような言葉を聞いたらどのように思っただろうか?」という想像を働かせて注意しながら話してもらえば、いま悩んでいる子供にも説得力のある、リアリティーのある言葉になると思います。

 現在、どもりで大きく悩んでいる子供のなかでも十分なサポートを受けているような子供ならば、比較的余裕を持って大人の言葉を聞くことができるかもしれませんが、
親の理解もなく、学校ではどもるたびに笑われたり、いじめられていたらどうでしょうか?

 サポートする側である親、先生、などは、子供の気持ちになって(子供目線で)考えることが必要です。

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