吃音と人生のターニングポイントについて

 どもりを持つ人は、いろいろな人生のターニングポイント、例えば進学、進級、就職活動、就職、結婚 で、自分の「どもり」を強く意識する(しなければならない)事態に遭遇します。ときには、どもりのために次のステップに進むことを阻まれます。

 とくにはっきりとどもりの弊害が出てくるのが「就職」の時です。

 同じ能力(学力)の学生がふたりいたとします。人間性もふたりとも円満です。
 
 ただ、違いがひとつあります。面と向かって、または電話口で、自分の名前や言葉が出てくるまでにしばらくの間激しくどもってから、途切れ途切れに顔をゆがめながら絞り出すようなどもりをもっています。
 就職の面接では(実際には面接までたどり着けるかもわかりませんが)、大きなマイナスとなります。

 私は子供(3歳頃)の頃からどもりでしたが、何気ない日常会話においても激しくどもるような吃音者ではなく、(家庭内の軋轢もあって)実際の症状以上に神経症的になっているような子供から青年でした。
(それでも、小学校から高校にかけては、授業中は「重い吃音者」になったり、買い物や電話ではなかなか自分の名前が言えない子供でした。思春期以降も、そして、現在も周期的に「日常的にどもるような吃音者」になることがあります。)

 大卒後引きこもりを約2年経験した後にハローワークで見つけた会社を辞めて転職した大手企業では、働き出してからしばらくたち落ち着いた頃に上司に酒に誘われてこう言われました。(好意的な雰囲気の中で)
「君を採用するとき、また採用した直後は、社内では君のどもりの件でもめた。営業での採用だから、もしも無理だったら本社の総務課、倉庫番にでもさせればいいか・・という判断だった」と。

 これが企業の現実です。当たり前ですね。企業は遊びで仕事をしてしているのではなくて効率を追求します。
 それでも運が良かったのは、今とは経済状況が全く違ったということです。
80年代~90年代初頭の景気の良い時期で会社にも余裕があり、猫の手でも借りたい、とまでは言わなくいても、それに近い時代だったということです。比較的ゆったりと、仕事について、組織について、いろいろと勉強できました。

 その後のどもりはどうなったかというと、社内で笑われながら時には注意されながら、どもりながらも電話をしたり営業活動をするごとに確実に改善し、電話も社内・社外での接客、会議での発表等もほぼ問題ないくらいに改善し成績もトップクラスになりました。
 しかし、そのときでさえも、週末に自宅にいるときや長期休暇で自宅にいるときは、電話や日常会話でさえ、どもりが悪化することもありました。
 言葉を良い状態に保つために、あえて休日出勤もして電話などをかけていました(泣)。
(フリーアナウンサーの小倉智昭さんが画面ではスラスラと話しているのに家庭ではいまだに結構どもるということが理解できるのです。 注:でも、元々、彼の吃音が軽かったということは容易に想像できますね。)

 自信をつけた私はもう一段アップグレードすべく転職したところ、入った会社の社名が言いにくいことから一気にどもりが復活し、大変なことになっていきます。(過去にこのあたりの書き込みがあると思います。)

 どもりは、その重さ(症状の重さ、心理的な重さ)の違いによって人生に与える影響が天と地ほど違いますから一概には言えないことは何回も書いています。
 どもりの人が10人いれば10通りのどもりがあり人生があると考えるべきです。

 また、バックボーンである子供の頃から思春期にかけての家庭環境や在籍した学校の雰囲気が、どもりに理解があるか拒否的な環境かによっても、どもりの症状とその後の人生に与える影響が大きく変わってくることが考えられます。

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