吃音者の「経験や想い」を、きちんと治療者(機関)に反映させること

 子供の頃から日常生活に支障があるような「ある程度以上の重さの」どもりで悩んで、不登校やうつ病になったり、また、大人になってからは、どもりを原因として就職できずに困ったり、仕事を事実上のクビになりながらも懸命に生きているような吃音者。

 統計など取りようがないので人数はわかりませんが、人口比数パーセントはいるといわれる吃音者の中の仮に5%ほどだとしても5万人はいるのですから大変な数字です。

 
 そのような方々の「経験や想い」が、たとえば「公立学校の言葉の教室」「言語聴覚士の養成課程」「病院などのなかで働いている言語聴覚士の業務」にきちんと反映されているかというと、きわめて悲観的な想いを持たざるを得ません。
 
 なぜかというと、吃音者の想いを政策にを反映させるシステムが全くといってもよいほどないからです。
 それでも、訓練や手術、投薬で「治る」ものならば結果がすべてでよいのかもしれませんが、
現時点で重いどもりでさえも確実に治せるような言語訓練も、薬も、手術もなく(近い将来にはそれは望めない)、
「どもりを持ちながらもいかにより良く生きていくか・・・・」ということを目標にせざるを得ないのが現実だからです。
 反面、そのような生き方をしていると、どもりの症状そのものも改善されることがあるという相反する現実もあり、さらには、本人の努力に関係なく、症状が改善させる場合もあれば、改善されない場合もあるという現実もあるので、非常に複雑なのです。
 また、吃音者は自分の「想い」を積極的に世間に対して訴えないので、一般社会にはいつまでも「どもり」の実態が知らされず、結果として社会政策などに反映されないこともありますね。
 その背景のひとつには、どもりの子供を持つ親が自分の子供のどもりを「恥ずかしいもの」として隠す傾向があるので、そのような雰囲気の家庭に育てば、子供は自分のどもりの責任を自分に課し自分の心をいじめるような「歪んだ吃音感」を持ってしまいがちです。
 
 せめて家庭のなかでは思いっきりどもれる環境があり、大いにどもりながら自分の言いたいことを言っていく態度を育てながら、一方、社会の方は、思春期以降の吃音者にもしっかりと対処できるような訓練された言語聴覚士を育成し、精神科医や臨床心理士、臨床発達心理士など協働して、プラクティカルな「吃音のカウンセリング、言語訓練」のシステムを作り上げなくてはなりません。
 
 
 
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