吃音だけでは「吃音」にならない

 今回は「なそなぞ」のようなテーマですが、
どもりは「どもりの症状そのものだけ」でできあがっているのではなくて、個人の心のキャパシティーを超えるような「どもりにまつわる苦労」を連続的にすることにより心がさらに傷ついてしまい、症状にも悪い影響を与えるということなのです。

 結果としてどもりが固定化・悪化し人生そのものも悪い方向へと進んでいってしまう「悪いサイクル」に陥らないようにすることが、今、どもりで悩んでいる人が取り得る道だと思います。

それには、
○もしも、いま、自分の心ををさらに傷つけるような環境(家庭環境、学校の環境、職場環境、友人関係)にいるのならば、自分の力だけでそのような悪い環境を変えることができるのか、または、他の人の助けが必要なのかを冷静に分析し、すぐにでも動き出しましょう。

○自分の心が深く傷ついているとしたら、精神科医にかかります。
以前も書いたように、医師がひとりしかいない個人病院は避けて、医師が複数いる中規模以上の病院が良いと思います。(合わなかったら変えられます。)
精神科医はどもりについての深い知識はありませんが傷ついた心を癒してくれる方法論は持っていますので、「どもりとはどのようなもので、日常的にどのように苦労しているか」を日記などにつけておき、それを先生に読んでもらうとよいでしょう。

○現状では、国家資格の「言語聴覚士」で、吃音専門(特に思春期以降)で、街中で言語クリニックを開業している例は私の知る限りはありません。

○吃音を改善すべく「専門家の言語訓練」を受けたくても、(特に思春期以降のどもりの場合は、日本では)、まず「ない」と言ってもよいのが現状です。
かつての私もそうでしたが、吃音者自身で自主的に集まって行なっている例はかなりあると思いますが、多くの場合は情報は表面には出てきません。(要するに、医学的には素人のどもり本人たちが集まって試行錯誤しているグループです。)
 方法としては、まずはセルフヘルプグループに参加するか自分でグループを立ち上げて、信頼できる気の合う仲間で専門書などを読み込みながら自主的に行なって行くしかないというところが本当のところです。

○「どもりは治すべき(改善するように努力すべき)」「治そうとは考えずに今のままを受け入れるべき」などと、いろいろな考え方がありますが、どちらも併存して良いのだと思います。
むしろ、吃音者間でも症状や重さに違いがあるように、考え方に違いがあることを素直に認めた上で互いに交流を続けるようなスタンスが良いのではないでしょうか。
 将来(たぶん遠い将来)、どもり原因が医学的に解明されて、このどもりは心理療法で、このどもりは投薬で、そしてこのケースは脳の手術で、というようになることがあるとしたら・・・・その問題は自然消滅するでしょう。

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