一般の吃音者は

 吃音者、それも、日常生活に支障があるくらい以上の重さの場合でも、どもりだした子供の頃より学生時代までは(引きこもらない限りは)苦労しながらもなんとか生きて来られます。

 どうしても教科書をひとりで音読できなければ先生が配慮して別の人を指名してくれますね。それで学校をクビにはなりません。(しかし、そのときの敗北感は大きいものがあります。)

 初めての大きな難関が「就職」であることは何回も書きました。そして、その就職(就業)の形態にも、ほんとうはいろいろな種類があることも前回書きました。

 吃音者は皆、子供の頃より「どもりながら」生きているんですね。
それが就職の段になると、今までは苦手なので逃げてきた電話や自己紹介から逃れられなくなる。
自分がいちばん苦手なことが「日常のこと」になるのです。だから苦しいのでしょう。うつにもなるのでしょう。

 だから、生きていくために何とかしたい、少しでも楽になりたい、少しでも軽くしたい・・・、
 しかし、有効な方法はなかなか無いらしい、相談に乗ってくれる「ちゃんとしたところ」も見つからない。
 でも、実務では、どもってばかりでは仕事にならない、クビになりそうだ、というよりも、自分として会社に居づらくなってきた・・・・・困ってしまう、
 これが、ごく一般的な吃音者の想いではないでしょうか。
(うつ病を抱えながらも、精神科医から処方された薬を飲み、無理しながらも働かざるを得ない場合と似ています。)

 大不況の時代にやっと正社員として入れた会社を辞めたくない、それは、ある金額以上のお金を毎月稼がないと生きていけないという切実な問題なのです。

 こういう「普通の感覚」から、どもりのことを考え直してみると、よい方向に進むのではないでしょうか?

 吃音者といっても、第三者からみてほとんどわからないくらいのごく軽いどもりの方から、日常生活で発する言葉がことごとくどもるようなかなり重い方までいらっしゃいます。
 また、客観的にほとんどわからなくても本人は死にたいほど悩んでいる「内化されたどもり」もあるので、今回使った「一般の吃音者」という言葉も表現がよくないのかもしれませんが、あえて書きました。

 職業との関係で考えると、ある程度以上の重さになってくれば、現実的には(雇用する側からも、働く方からしても)言葉を多用する仕事には就きづらくなるし、
 また、目立たないくらいのどもりの場合には、それが災いして、結果として本人をとことん精神的に追い詰めてしまう場合もあります。

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