吃音者(特に吃音を持った子供)が、自分の(恥ずかしい、治したいという)感情を素直に表明できる環境を用意するところからはじめる!

 「どもったら恥ずかしい、できれば皆の前ではどもりたくない、・・・」という感情は人が持つあたりまえの感情です。

 世の中の皆がどもりについて高度の理解があり、配慮してくれると言うことはありません。
 家族のなかでさえ、いろいろな心理的な葛藤が常にあるのですから、どもりについて、たとえ両親が高度の配慮をしたとしても、他の家族が傷つけるようなことばを発することはいくらでもあります。

「どもらないようにしたい、治したい・・・」という感情は、もともと自分の心のなかで発生したものではないけれども、つまり、まわりから付与された心持ちだけれども、人が生きている以上どこかで身につけてしまうものです。 

 後付けで、「そういう感情は必要ないとか、そう思わないにしよう」というほうが無理な話で、かえって自分の心の中で無用な摩擦を起こしてしまうことすらあるでしょう。
 自分のなかで心から「わかった」ということにならない限り、外の世界からどんな優れているとされる心理療法を行ったとしてもほとんど意味のないものとなるでしょう。
 よく言われる以下のたとえ話が端的に表しています。
禅の高層がこう言ったとか、「寺の中で修行することはとても厳しいもののように見えるが、実は、娑婆(現実の社会)で生きていくことのほうが遙かに厳しい修行である」

 まずは、「はずかしい、治したい・・」という感情をためらいなく表明できる心の環境をつくってあげることが、家族を含む周りの責任でしょう。

 そして、本人が望むならば、充実したカウンセリングや治療の機会を用意することです。(まずは本人の希望に添ってサービスを提供し、出た結果を自分の心に受け入れさせる作業ができるだけスムースにできるようにお手伝いするという意味です。)

 もちろん、民間無資格矯正所などではなくて、子供から大人までのどもりについての臨床経験豊富な専門家集団(STや臨床心理士などがチームを組んだ専門家集団)です。

 そして、そのなかで、客観的な症状が軽くなるケースもあれば、ならないケースも当然出てきますので、心のケアを受けながら自分なりの人生設計ができるような大人になっていく・・というのが無理のない姿ではないかと思います。

広告

吃音者(特に吃音を持った子供)が、自分の(恥ずかしい、治したいという)感情を素直に表明できる環境を用意するところからはじめる!」への2件のフィードバック

  1. 管理人です。ちょっとしばらくぶりですね。>その中で吃音についての記事を書くときがあるのですが、sukosizutu様のブログの内容が大変素>晴らしいので、ご参考(転載ではなく、テーマとして)させていただきたいのですが、よろしいで>しょうか。「大変すばらしい・・」などと書かれると照れてしまいます。こんなモンで良かったら、参考にしてください。 それよりも、Jassさんのブログのアドレス是非教えてください。 直接メールいただいてももちろん結構です。私はそんなに忙しくないですよ(笑) では・・・・

  2. ご無沙汰してます。jassです。そうですね。『恥ずかしい、治したい』という感情を素直に表現できる場は、少ないかもしれません。自分の場合、理解者が周りにいても素直に感情を吐き出せるのは、ネット上しかありません。あとは同じ吃音者の方にお会いしたり連絡を取り合ったりするときくらいですので。まずは自分の感情を素直に表現できて、なおかつそれを理解できる環境が必要かもしれませんね。話は変わりますが、jassもブログをやっています。その中で吃音についての記事を書くときがあるのですが、sukosizutu様のブログの内容が大変素晴らしいので、ご参考(転載ではなく、テーマとして)させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。もちろん、その時は『参考』としてsukosizutu様のブログをご紹介いたしますので。4月はお忙しいと伺っております。緊急ではありませんので、お返事をお待ちしております。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中