吃音:現実を冷静にシビアに見つめる目と、先を見つめる理想を追う熱き心

 今回は、「現実を冷静にシビアに見つめる目と、先を見つめる理想を追う熱き心」、としました。

 どもりを持っている子供、思春期真っ只中のの高校生、就職を控えた学生、社会人、そして、家庭内で日々奮闘しておられる主婦、現役を引退したご隠居さん、など、それぞれの立場でそれぞれのどもりの悩みがあります。
 いくつかのパターンに分けることなどできないほどの複雑な背景を背負っているのがどもりなのです。

 (しゃべる言葉がひと言ひと言どもるような)かなり重いどもりの場合には、日々の学校生活や就職の時点でとても大きな壁があり、いわゆる一般の会社に事務や営業の担当としてはなかなか就職できないというのが本当のところです。(ということは、生活するためのお金を安定的にそれなりの金額を得ることが難しいという現実があります。)
 一方、比較的軽いどもりの場合でも、症状や心理的な背景によっては、進学や就職してからのプレッシャーにより仕事が継続できなくなる場合も出てきます。(就職してみたら、最初はたいへんだったが、そのうちに自信をつけてきてどもりの症状も大きく改善される場合もあるのです。不思議ですね。)

 吃音者が参加するセルフヘルプグループを見ていると、どちらかというとどもりの症状が軽い人の割合が多いようです。比較的軽いどもりの方の割合が多いからなのか、重いどもりを持っている人は引きこもりがちになるのでそう言う場所に出てこないのか、そこまでの調査はありません。

 私の経験からはこんなことがあります。
 セルフヘルプグループでは、どもりの方たちの集まりの割りにはメンバーが驚くほどよくしゃべるのです。
すると、メンバーのなかでも重いどもりの方が疎外感を味わってしまうことが多いようで、徐々に参加されなくなることがあるのです。(それプラス、お節介さんが、自己流の「克服法!」などを、頼まれていないのにしつこく説明などはじめたら、これはもうだめですね!)

今まで書いてきたような、吃音者を取り巻くいろいろな現実を踏まえた上で、
1、「吃音者が現在のとても厳しい世の中で、とりあえずでもしのいでいけるような方法論」と、
2、「吃音者が、自分たちの後輩が自分たちと同じような苦労をしないために、将来に向けてどのように吃音者対策を講じていくか。」
 という二つの論点で話しあい協力し合い具体化していく必要があるでしょう。

 1、については、生きていくために一定以上の金額を得る仕事に就けるようにという現実的な問題を解決するための「少しでもどもりを軽くする」医療面・りハビリテーション面からのアプローチが必要ですし、また、「どもりをそのままを受け入れて生きる」という考え方も必要かもしれません。それらは、対立する考え方ではなく併存して良いものです。

 2、については、現状把握として「言葉の教室」の運営の現状分析や、その他、子供と大人のどもりを取り囲む問題点を抽出してから、学校の役割、STの役割、学者の役割、自治体の役割、そして、セルフヘルプグループの役割をきちんと決めて、相互の協力体制をきちんと構築した上で、長期的ビジョンのもとに、自分たちでできること、政治にお願いすることなどをひとつひとつ着実に実行していく必要があります。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中