吃音者の本当の苦しみをわかることができるか?(2006年1月改編)

 どもりでない人にどもりの人の苦しみをわかってもらうことはたいへん難しいことです。それは親や親友・恋人でさえ難しいことです。

 慰めの言葉として「君のどもりはたいしたことはない」、「大人になれば治る」、「もっと大変な思いをしている人はいくらでもいる」、などと言葉をかけられても、かえって苦悩が深まるばかりです。言ってくれた人に対しての不信感さえ出てくるかもしれません。
 (ただし、自分自身で心からそのように思えれば、新しい局面が出てくるとは思います。)

 どもりは、24時間常に背負っている障害です。
 
 思春期の頃のことを思い出してみても、(社会人になってからも35歳くらいくらいまでは続いていましたし今でもその残骸は残っています)
 休日にくつろいでいるとき、それはどもらない人にとってはリラックスした癒しの時間ですが、かつての私にとっては「もしかしたら誰かから電話がかかってくるかもしれない」とおびえているときでした。(まだ携帯がない時代でした)

 自分が留守のときに私宛に電話があり後で家族の前でかけなければならないことがとても怖く、電話がある可能性があるときは出かけたいのをがまんしてでも自宅にいて一日中そわそわしていました。
 そして、いよいよかけなければいけないときは、少し離れた公衆電話まで走っていき、まわりに人がいないのを確認してから(どもりながら)電話していました。

 休日明けに発表しなければいけないことや電話をかけなければならないことを先回り心配して、おびえているつらい時だったことをはっきりと覚えています。(予期不安)

 どもりの症状そのものにより「困る」ということ以外に、劣等感や過去のトラウマに常に悩まされていた自分が常にあり、それらが自分の人生に大きな影を落とした(今でも落とし続けている)ことは言うまでもありません。

 どもりの人は、「こうありたい」「こうすべきだ」ということばかり考えているのではなくて(現実から逃げないで)、
今の自分で今できることをひとつひとつこなしていく・・・・こんな考え方にスイッチしていかなければならないのでしょう。
 今できないことが、次の瞬間にできるようになることはありえないのです。当然、気合だけでは乗り切ることはできません。

 人生においては、ものごとは実にゆっくりと確実に進みます。
特に地道な努力は、ある程度時間がたってから突然はっきりとした結果が出てくるものです。

 若いころはそれがわからなかった。当時はたとえアドバイスされてもなかなか受け入れられなかったかも知れません。
そうはいっても、もしもタイムマシンがあるならば、「思春期、特に中学生から高校生くらいの自分」に教えてあげたいアドバイスでもあります。

 

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